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蒼き焔の彼方に  13


連絡があった翌日、聖子は急な私用を理由に会社を欠勤した。その際、有給を3日分申請して週末の休みと繋げるように手配も頼む。
そして家を出た彼女は、その足で駅へと向かい、列車に乗り込んだのだ。


昨夜遅く、彼女の携帯電話に佳奈から着信があった。久しぶりの連絡に、いそいそと出てみると、聞こえてきたのはなぜか男の声だった。

「なぜ、あなたが佳奈の電話に出るのよ?」
名乗られる前に、聖子は詰問を始める。聞かなくても分かった。電話の声の主は、あの男性。瀧澤和久だった。
「昨日から何度か連絡を入れていたが、返信がなかった。おまけに今日になって電話自体が繋がらなくなれば、仕方がないだろう」
そういえば、昨日から何件か見覚えのない番号からの着信が履歴に残っていたが、どうせ何かの勧誘か、間違いだろうと無視した。今日になり、仕事中にもしつこいくらいかかってきていたので、面倒になり、昼休みに着信拒否設定をしてしまったのだ。ボイスメールにも伝言があったようだが、忙しさに紛れてこのまま放置していた。

「仕方がないって、どういうこと?それに、どうして佳奈は…そう、そうよ佳奈は、携帯の持ち主どうしたの?何であなたにそれが使えるのよ」
「水上さんは、今ちょっと別の場所にいる」
「彼女を、佳奈を出して」
「今、彼女は電話ができるような状態ではない」

聖子は不吉な予感に襲われた。
「電話ができないって、何があったの?あなた、佳奈に何をしたのよ」
「簡単にここで話せることではないんだ。とにかくまず、君にここまで来てもらう必要がある」
「ここ?ここって?」
「この場所に、いや、私の屋敷にというべきか」
聖子は返事を渋った。あそこには、何か得体の知れない大きな力が存在する。それがどういったものなのかがはっきり分からない以上、あの場所に近づくのは危険だと、本能が彼女に警告する。

「何で私がそこまで行く必要があるんですか?」
「まずはここに来て、水上さんの状況を自分の目で確認してほしい。それでなければ…私にもどう説明してよいか、分からない」
「一体何があったというんですか?」
「とにかく、ここに来てもらいたい。話はそれからだ」

その後も彼は同じ主張を繰り返すだけで、今佳奈がどういった状態なのかを教えようとはしない。最後には聖子が根負けした形で、それを受け入れるしかなかった。何より心配だったのは、佳奈のことだ。彼と佳奈がどこで繋がっているのかは分からないが、和久の手元に携帯が渡っていることを思えば、何か佳奈の身に異変があったと考えられたからだ。

こうして聖子は一路、瀧澤の待つ場所へと向かった。そこで彼女に何が待ち受けているかも知らずに。



駅で聖子を待っていたのは、見たことのない男性だった。
「東聖子さんですね」
彼女は無言のまま頷いた。
「瀧澤の指示でお迎えに上りました。部下の関口と申します」
そう言うと、男性は彼女が持っていたカバンを受け取り、ロータリーに停めてあった車へと先導した。
「あの、どこに向かっているんですか?」
車の後部座席に収まった聖子は、馴染みのない車窓の風景を不安げに見ている。
「先にある場所へお連れするように言われています。そこで、瀧澤があなたにお会いすることになっておりますので」
「でも、私は佳奈…友人のところに行くはずでは」
「そのことも、むこうに着かれればわかります。詳しい話はその時にあるでしょう」

聖子は苛立ちを感じながらも、それ以上なにも言わずに黙り込んだ。
男性は事務的に予定を告げるだけで、恐らく彼女が何を言ってもその態度を崩すことはないだろうと思えたからだ。
しかしこの男性が瀧澤の部下というからには、彼はどこかに勤めているのだろうか。それもある程度の地位を得ているのかもしれない。
彼女は今まで、和久の社会的な立場を考えたことがなかった。確かにホテルで彼に会った時にはスーツ姿で身形は良かったが、普通の会社員とはどこか違う感じがしたのを思い出す。

きっと、人に命令することに慣れた、威圧的な雰囲気を漂わせているせいだ。自分だって、佳奈のことがなければ今すぐにでもここから逃げ出したいような気持ちにさせる、危険な何かが彼にはある。だからできれば近づきたくなかったのに。

彼女は膝の上に置いたバッグに目を落すと、それを強く握り締めた。もう二度と会いたくないし、会うこともないだろうと思っていた男の元へと向かう、車に揺られながら。



駅を出てから15分ほどが経っただろうか。車は突然ある場所に停まった。
「ここは…?」
ドアを開けられ、降りるように促された聖子は、目の前に聳え立つ、村里に似つかわしくない豪勢な建物を仰ぎ見た。
「この地域唯一の、総合病院です」
関口はそう答えると、入口から中へと入っていく。
「あの、病院って」
慌てて後を追いかける聖子の目に、受付の前に立つ人影が映った。
「瀧澤社長、東様をお連れいたしました」
「ご苦労だった」
彼が和久に向かって軽く頭を下げる。

社長…社長ですって?

聖子は関口の後ろでそのやり取りを聞きながら、二人を驚きの面持ちで見ていた。
和久が瀧澤観光の関係者であることは、薄々感付いていた。だが関口から社長と呼ばれたことには正直、戸惑いを隠せなかった。
彼はグループ内のどれかの会社の社長なのだろうか。しかし、それにしては、出会った時の奇妙な装束や、こんな片田舎に住んでいるらしいことにも、疑問が生じる。

「お荷物は、屋敷の方に運んでおきます。離れの方を準備させておきますので」
「頼む」
「では、私はこれで」
関口は聖子に向かって会釈をすると、そのまま入口に向かって歩き出した。
「ちょっと待ってください。あの、私のカバンは?」
「ご心配なく。先に滞在先のほうにお届けしておきます」
「あ、でも私今夜の宿も決まっていなくて」
関口は片方の眉を上げて、彼女の頭越しに和久の方をうかがった。
「君は今夜、うちに泊まるように手配してある」
それを聞いた聖子は和久を振り返ると、猛然と抗議し始めた。
「一体そんなこと、誰が勝手に決めたんですか?私には一言の相談も打診もなしに」
和久は焦慮の表情を浮かべると、関口には目で立ち去るようにと指示を出す。
「私が決めた。お呼び立てした以上、そのくらいはこちらで手配するべきだろう。お気に召さなければ自分で宿を探すことも吝かではないが、これからする話を聞いた後でもその気があればのことだ」
「は、話って…」

彼はそれだけ言うと、彼女の問いかけには答えず、廊下を奥の方へと歩き出した。
振り返るとすでに関口はその場から立ち去ったあとで、病院関係者以外、出入りのない診察時間外の閑散とした病院の玄関は、辺りは不気味な静けさに包まれている。
聖子はその静寂に身を震わせると、急いで和久の後を追った。



「ここだ」
『501』と刻印のあるドアの前で、和久は足を止めた。
患者がいることを示すネームプレートは入っておらず、ただ入室禁止の札が下がっているだけだ。
「ここ?」
聖子は訝しむように彼を見上げると、ドアの引き戸に手をかけた。
「先に言っておく、中に入った時にショックを受けないでくれ」
「ショックって?一体何があるの?」
それを聞いて焼けた鉄にでも触れたように、びくりと手を引っ込めた聖子に代わり、和久が取っ手を握る。
「見れば…わかる」

彼は静かに戸を横に滑らせる。
ほの暗い廊下から足を踏み入れた室内は、目が眩むほどの眩しい蛍光灯に煌々と照らされていた。
少しずつ目が慣れてようやく部屋の隅まで見渡せるようになった時、彼女の視線の先にあったのは…。

「嘘、何でこんな…ことに」




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