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I wish... 6


麻実と木綿子は一卵性双生児として生まれた。
生まれてしばらくは二人とも元気に育っていたが、生後3ヶ月を過ぎた頃から麻実の体にだけ不調が見え始めた。
すぐに体調を崩し、発育も木綿子ほどしっかりとできない。
ある日、近所の小児科医院では手当てができないほど体調を崩した麻実は、大きな総合病院に運び込まれ、そこでの精密検査で心臓に先天性の疾患があることが分かった。
両親はショックを受けたが、落ち込む暇もなく彼女と双子の妹の世話に追われた。

そのときは父も母もとにかく必死だった。
ただひたすら回復を祈り、日々の生活に明け暮れた、と成長してから母に聞いたことがある。
だが麻実の経過は思わしくなかった。
体調さえ崩さなければ、幼児の時はさしたる支障もなく生活できていたが、体が成長するにしたがって心臓に負担がかかりだすとその分発作も頻繁に起こるようになった。
小学校に上る頃には体育の授業を止められ、いつも見学していた。
遠足はハイキングなど体を使うものは参加できなかったし、運動会もテントの下で見ているだけだった。
楽しみにしていた修学旅行も直前に体調を崩し、行けなかった。
あの時「麻実が行かないなら自分も止める」と駄々をこねた木綿子を無理やり送り出したのは、他でもない麻実自身だった。
土産を頼まれ、渋々出かけて行く木綿子を玄関で見送った麻実がどんなにか一緒に行きたかっただろう思うと、楽しいはずの旅行が味気なかった記憶がある。

しかし中学生になり、薬を使って自分で体をコントロールすることを覚えた頃からの麻実は、彼女なりに学校生活を楽しんでいたように見えた。
調子が良いときばかりではないはずなのに、常に前向きで明るい麻実の周りにはいつもたくさんの友人たちがいて華やかな雰囲気があった。
相変わらず小さな発作は出ていたが、それなりに平穏な学生生活を送ることができた彼女は、高校2年の時ある決意を家族に告げた。
「私を東京の大学に行かせてください。家から通えないけれど、どうしてもやりたいことがあるから」
東京となると必然的に実家からは通えない。
新幹線を使えばできないことはないのだろうが、そうすればかなり体に負担がかかる。麻実の体力では難しいことだった。
「だが一人暮らしなど、その体でできるわけがないだろう」
両親は強く反対した。もちろん木綿子もだ。
だが麻実の決意は固く、最後まで譲らなかった。
元々英語が得意で、海外に留学するのが夢だった麻実だが、医者や薬と縁が切れない体では容易に国外へ出ることはできない。いや、彼女の場合ほぼ不可能といってもいいくらいだった。
彼女なりに考えて、一番現実的に夢を追える場所が東京だったのだ。

翌年、麻実は宣言どおり希望の大学に合格した。
家計のことも考えて国公立の学校を選んだことでかなりの難関だったが、それを突破したのだ。
もしや不合格になり諦めるのではと期待していた両親は、しぶしぶながら彼女の願いを許した。

木綿子も一時は一緒に上京しようかと迷ったが、親の経済的な負担と進路のことを考えて、結局地元の大学へと進んだ。
あの時もしも…もしも自分が最後まで食い下がり、麻実と一緒に東京に行っていたとしら、今が何か違った状況になっていたのかもしれない。


お互い大学生になって最初の夏休み、木綿子は初めて東京の麻実のアパートに遊びに行った。
学生寮の抽選に漏れ、結局一人暮らしをすることになった彼女は大学近くの小ぢんまりとした学生向けアパートの部屋を借りていた。
ゴールデンウイークの時は互いにアルバイトやサークル活動で予定が合わず、二人は4ヶ月ぶりに顔を合わせたのだ。
生まれてからこんなに長く離れていたのは初めてだったので、互いの近況報告で、話は深夜になっても尽きなかった。

木綿子が大学に入ってすぐに近所のケーキ屋でアルバイトを始め、最近は余りもののケーキを食べ過ぎて家族中が太ったのだと言うと二人で大笑いした。
小柄な麻実に比べ、木綿子は身長が168cmと女性としては大きい方だから、少しくらい太っても平気だと姉は言う。麻実は持病が災いしたのか、身長が150cmほどで伸びなくなり、外見も木綿子より少し幼く見える。
姉は常々冗談で「二人の身長を足して二で割れば普通よ」と言っては笑っていた。

麻実は大学でボランティア活動のサークルに入ったらしい。
体の負担になるからと、アルバイトは絶対にしないことを条件に両親から一人暮らしを許可されていた彼女は、その分サークル活動に熱中しているようだった。
毎年何人かの学生が、薬品や文房具を携え途上国に派遣されるので、それを支えるのが主な活動だという。
募金や品物の寄付を集めることは苦労もあるが、それを届けた時の喜びはもっと大きい、彼女はそう言って目を輝かせた。

時間を忘れて互いに始めた新しいことを教えあう二人は、夜が更けるのも気にせず語り合った。
しばらく見ないうちに麻実は随分大人っぽくなり、きれいになっていた。
さすがに東京の水はすごいね、と冗談めかして言う木綿子に、姉はただ笑って応えていた。
今思えば、あの時すでに麻実は誰かに恋をしていたのだろう。
その穏やかで幸せそうな表情が一変したのは、年末実家に帰ってきた時だった。
明らかに体調を崩し、顔色も優れない麻実は家にいる間ずっと沈み込んだままで、時折家族に隠れて泣いているようだった。
両親は何があったのか問い詰めたが、彼女は頑として何も答えずただ「大丈夫だから」とだけ繰り返した。
木綿子も何度か聞こうとしたが、その度に「話せるようになったら…」と言われたきり、詳しい事情を教えてはくれなかった。ただ、彼女が想いを寄せていた男性がいて、何だかの事情で一緒にいられなくなったということだけは話してくれた。
それ以上は無理には聞けなかった。
そういった経験のない木綿子には、麻実にかける言葉さえ思いつかなかったのだ。
あまりに辛そうな様子に、切ない思いでただ黙って姉を見ているしかなかった。


家族の心配をよそに、年が明けると麻実は再び東京に帰っていった。
それからしばらくは何事もなく過ぎていき、電話で聞く彼女の声も随分明るくなった。
取り越し苦労だった、と家族が皆で胸をなでおろした。

そして3月の終わり、桜の蕾が膨らみ、暖かな陽だまりが少しずつ近づく春の訪れを教え始めた頃、何の前触れも無く麻実が東京から帰ってきたのだ。
引越しの荷物を詰めた、ダンボール箱と共に。




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