夕食を終えた木綿子は、自室に籠り塞ぎこんでいた。 自分で剛を門前払いにしておきながら、彼がまゆにプレゼントを渡してあっさりとそのまま帰ってしまったことを聞くと、何だか妙に悲しくなったのだ。 まゆは剛にもらったというディズニーのDVDを食い入るように見ていて、木綿子の問いかけにろくに答えようともしない。 勝手な言い草だが、何だか剛とまゆに除け者にされたように思えて、自分がひどく惨めになった気がしたのだ。 そんな彼女を見て、母は訝しげな顔をしたが、食事の席では敢えて何も言わなかった。 心配性の父親には、剛とのことは何も話してはいない。言っても余計な心配をさせるだけだろう。 どうやら母も同じように思っているようで、母からも父には何も言っていないらしい。そんな母の心遣いが木綿子にはありがたかった。 時計の針が9時を回り、まゆがおやすみを言ってベッドに入ってから暫くした頃だった。 突然玄関のインターホンが鳴った。 「こんな時間に誰かしら」 応対には母が出た。 「夜分恐れ入ります。石崎と申しますが…」 モニターに写ったのは剛の姿だった。それにその後ろにも人影がある。 面識はないものの、まゆから彼の名前を聞き知っていた母は、そのまま玄関を開けて客人を迎え入れた。 「すみません、こんな時間になって」 神妙な顔つきで詫びる剛と、その背後にも頭を下げる二人の人物の姿があった。 石崎医院の医院長と副医院長。剛の両親だった。 「母さん、どなただね?」 奥から木綿子の父親も出てきた。 「初めまして。石崎と申します」 「ちょっと待っていて下さいね。今、木綿子を…」 深々と頭を下げる剛たちを見て、母は木綿子を呼びに行こうとした。 「いえ、今日うかがったのは、木綿子さんの件だけではないのです」 怪訝な顔をする妻に父が促す。 「母さん、ここではゆっくり話もできない。とにかく皆さんに上っていただきなさい」 三人を客間に通すと、母は台所でお茶の用意をしていた。そこへ木綿子が何事かと様子を覗いに来る。 「お母さん、どうしたの?」 「今、石崎さんがお見えになっているのよ、ご本人だけでなくご両親まで。何かお話があるみたい。私はそっちにいるから、あなたお茶ができたら持ってきてちょうだい」 母は木綿子に有無を言わせず給仕盆を押し付けると、そのまま客間に入ってしまう。 お湯が沸くのを待ちながら、木綿子は不安を隠せなかった。 剛だけでなくご両親までいらっしゃるなんて。 一体何を話すつもりなのだろうか。 木綿子が引き戸を開けて客間に姿を現したとき、ちょうど剛が話を始めようとしているところだった。 何を話すのかは分からないが、その場の雰囲気は妙な緊張感に包まれていた。 一瞬、彼女を見上げた剛と視線が絡んだが、木綿子の方が咄嗟に目を伏せてしまう。夕方に居留守を使ってしまった手前、彼の顔をまともに見るのはばつが悪かった。 前々から挨拶に行きたいとは言っていたが、こんな形で彼と自分の両親が向かい合っている光景を見ることになるなんて。 彼女の登場で一旦途切れた話を続けるべく、剛が口を開こうとしている。 これ以上彼の声を聞くのが辛くて、そそくさと座卓にお茶を並べ、その場を去ろうとした木綿子を剛が引き止めた。 「君も一緒に聞いてくれないか。大事な話なんだ」 剛はそう言うと、ポケットからリングを取り出した。 「これを見つけたのは、君だね?」 それは剛の部屋にあったリングに間違いなかった。 麻実が作った、形見の指輪。 言葉も無く頷く木綿子に剛が畳み掛ける。 「これと同じものをなぜか君も持っている。いや、持っていたと言った方が正しいな。今はまゆちゃんが持っているんだから」 驚いた顔をする彼女に剛がしたり顔で頷く。 「夕方、まゆちゃんに見せてもらったよ。ママが作った大事なものだって」 それを聞いた木綿子の表情が暗く沈む。 もう彼にも分かっているのだ。 まゆの母親がかつて自分に縁のあった女性であることが。 そして、それがよりによって木綿子の姉であったことも。 そんな彼女の様子を見た剛は、急に何かに気付いたように険しい顔をした。 徐に座卓から身を乗り出して木綿子の腕を掴み揺さぶる。 「もしかして、まゆちゃんの父親は俺だって思ってるんじゃないか?そうなんだな?」 剛の手から逃れようと身を捩っていた木綿子は、図星を指されて、固く強張った顔を引き攣らせた。 「だからずっと俺を避けていたのか?麻実さんの恋人だった男が俺だと思っていたから」 「だって、だってそれしか考えられないじゃない。麻実が自分とお揃いの、自分で作ったリングをあげた相手って…」 「これは俺のものじゃない」 「でも…」 「あの…」 それまで黙って二人の会話を聞いていた剛の母親がそれを遮った。 「その指輪は確かに息子の物だったのよ。でもそれは剛ではないわ」 そして剛の母親が語り始めたのだ。 6年前のことの真相とその顛末を。 HOME |