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I wish... 18


剛が出かけた後、思いのほかぐっすりと二度寝をしてしまったようで、再び起きた時にはすでに10時近くになっていた。
自分の体温で温まった心地よい毛布から抜け出すのにはちょっとした労力が必要だったが、気だるい体を無理やりに動かし立ち上がると、目覚まし代わりにシャワーを浴びて気分をすっきりとさせた。
洗濯機に衣類を放り込み、回るのを見ながら側の洗面台で軽くお化粧をする。
さっきちらりとのぞいた窓から見た天気はあまりよくないが、ここには乾燥機もあるから大丈夫だろう。彼が帰ってくるまでには終わりそうだ。そんなことを考えながらコーヒーとトーストで遅い朝食を簡単に済ませると、掃除にとりかかった。

剛の部屋は、男性としてはきれいに整頓されている方だと思う。
実家の父があちこち散らかし放題で、母に小言を言われているのを見てきた木綿子からみれば、多少新聞や雑誌がリビングの床を埋めていてもあまり問題には思えない。
彼が住んでいる分譲マンションは3LDKで、もともと家族向けに作られたものだ。
そこに独り分の荷物しかないのだからスペース的には余っている感じすらする。
同じ独り暮らしとはいえ、1LDKで収納が少ない部屋に暮らす彼女にしてみれば、全くもって羨ましい話である。


掃除が粗方終わり、洗濯物を乾燥機に移してほっと一息ついた時、下のエントランスから呼び出しのインターホンが鳴った。
「書留です。印鑑をお願いします」
ロックを解除して上ってきてもらうように言った後、木綿子は慌ててリビングボードに向かった。
確かこのあたりに印鑑が入っていたはず…。
以前宅配が来たときに剛が引き出しの中を探ってシャチハタを取り出しているのを見たことがあるのだが、何分にも他人の家のこと、どこに何が入っているかなど分かる筈がない。
玄関先では配達の人が待っている。
木綿子は焦りながら手当たり次第に引き出しを開けては中をかき回して、ようやく印鑑や朱肉が入ったケースを探り当てた。

「ご苦労様でした」
何かの書類が入っていると思しき分厚い封筒を受け取り、再び玄関の鍵をかけてリビングに戻った彼女は、自分が引っ掻き回したリビングボードの有様をみて思わず苦笑いを浮かべた。
あちこち半分開いたままの抽斗からは中のものがはみ出し、何かが引っかかったのか押し込んでも元に収まらない。
仕方なく上から順に綺麗に片付けなおしにかかった。

抽斗をゆっくりと見ていくと、そこにはいろいろなものが入っていた。
家電製品の保証書や取扱説明書に始まって、保険関係の書類と思われる分厚いファイル、ドライバーのセット、車のスペアキーからどこかのショップの会員カード、そして細々した筆記用具やガムテープ、爪切りの類までがそこに雑多にしまいこまれていた。
日頃あまり生活感を漂わせない彼の日常を見つけた木綿子は、何となく嬉しくなった。
いつかはこういったものを彼と共有する時がくるかもしれない。
剛と過ごす時間は、木綿子にとって日に日に大切なものになっている。
彼の側では偽ることなく自然な自分でいられる。その居心地の良さがどれだけ彼女に安心感を与えているかなど、彼にはきっと分かっていないだろうけれど。
確かな約束こそしたことはないが、彼の言葉の端々に感じる二人の未来を思うと、心がときめくのを禁じ得ない。
こんなに短期間のうちに、一生を預けても良いと思える男性にめぐり合えたことは奇跡かもしれない。

もしも今、麻実が生きていたならば、きっと一緒になって喜んでくれただろう。


一通り抽斗の整理を終え、最後に一番下の段を整えていた時だった。
ふと何気なく中を見た彼女の目が、隅に何か鈍く光るものをとらえた。
それは蓋のない小さなガラスの容器に収められていた。

何でこれがこんなところにあるの…?

いつの間に落としたのか、と確かめるように慌てて胸元を触ると、指先にはいつもの感触がある。
木綿子は思わずその光るものを手に取った。
色こそ少しくすんで黒っぽくなってはいるが、見覚えのある模様。
オリジナルのハンドメイドだから、他では絶対に見つからないデザインのはずだ。
銀台に埋め込まれるように編みこまれた金色。そこに施された細かな彫り跡は触った指が覚えている。
今更見間違えるはずもない。
抽斗の隅に、忘れられたようにしまい込まれたリング。
何から何まで木綿子が持っているものと同じ。
唯一違うところといえば、木綿子の持っているものに比べて大きいことくらいだった。
明らかに太い、男の人の指用のサイズ。

木綿子は弾かれたように立ち上がると、手のひらに乗るものを見つめた。
これが麻実の手製だとすれば、導き出される結論は一つしかない。
麻実が赤の他人に、手作りした自分とお揃いのデザインのものを渡すなどということは有り得ない。
「まさか…」
木綿子は何とかして目の前の事実を否定しようと考えを巡らせた。
だが何度筋道をたどっても同じ結論へ、一番信じたくない結論へと達してしまう。
もし、麻実が自分と同じものを与えた理由があるとしたら、それはきっと彼女なりに精一杯のメッセージを込めていたに違いない。

木綿子の体がふらりと揺れ、崩れるようにその場に座り込んだ。
ほんの少し前までの温かい幸せな気持ちが、急速に氷のように冷たくなっていくのが分かった。
できることなら信じたくはない。
だがこれ以上明らかな証拠は、他にないではないか。
「嘘…だよね」
呆然としたまま、彼女は手の中のリングを握り締めた。

麻実を捨てた恋人、そしてまゆの本当の父親は ―― 剛なの?




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