部屋に戻るとすでに夕食の膳が用意されていた。 上品な懐石料理が机の上に乗り切らないくらい並び、二人が部屋に帰ってくる頃を見計らって温かい蒸し物や椀物が運ばれてきた。 仲居は二人のグラスに一杯目のビールを注ぐと、木綿子の側に冷えたビールの瓶を2本ほど置き「ごゆっくりどうぞ」と下がって行った。 目にも鮮やかな料理を鑑賞するふりをしながら、木綿子は上目遣いに剛を見た。 彼の方もいつもにも増して無口になり、黙々と箸を口に運んでいる。 贅を尽くした懐石はこんな時でなければ文句なく美味しいのだろうが、緊張の極みにある今の彼女にはその味さえよく分からなかった。 2本目のビールが空き、食事が粗方終わると、二人は浴衣姿のまま下駄をはき、暫く庭を歩いた。 「星が綺麗ね」 立ち止まり、空を見上げて呟く。 「ああ、ここの方が空気が澄んでいて光源が少ないからな」 大都会に比べれば、今木綿子が住んでいるところはまだ空がよく見える方だと思う。 そういえば昔、麻実が東京の空は明るすぎて星なんて見えないと言っていたことがあった。 「あれが北極星で、それからこっちはカシオペア。それと等倍したところにある…そう、あれが北斗七星ね」 首を直角に曲げて一生懸命に指を差し示す姿に、思わず剛の片側の口角があがる。 「そういえば、ガキのころそんなことも教わったな」 「子供の頃はよく星座を探して空を見たけど、もうほとんど忘れちゃったわ」 30分もすると体が冷えてきた。 高原の温泉地は11月ともなると夜の気温が一桁になることもある。木綿子はぶるりと身体を震わせた。 「そろそろ戻ろうか?」 一瞬躊躇したがすぐに素直に頷いた木綿子の肩を抱くと、剛は来た道をゆっくりと引き返し始めた。 入口で下駄を脱ぎ、部屋に入ると膳はきれいに片付けられていた。 「体が冷えたな。風呂に入ってあたたまろうか」 彼が示した先には、部屋に設えられた小ぢんまりとした露天風呂がある。 「一緒に入る?」 聞かれた木綿子は耳まで真っ赤になりながら首を振った。 「は、恥ずかしいから…お先にどうぞ」 その様子をにやにやしながら見ていた剛が風呂に向かっていく途中、すれ違いざまに木綿子の耳元で囁いた。 「覗くなよ」 「ばっ、馬鹿!」 はきだし窓から洗い場は見えないようになっているが、露天風呂は丸見えだ。 ありがたいことに、今は窓ガラスが湯気で曇っていて影さえも写らない。 木綿子が風呂から出てくると、剛は缶ビールを片手にテレビのニュース番組を見ていた。 「温まった?」「ええ」 短い会話を交わすと、木綿子は広縁の隅に置いてあるドレッサーに前に座り、ドライヤーで濡れた髪を乾かした。 先ほど風呂に行く前、洗面用具を取り出そうと襖を開けた彼女は、奥の部屋を見て唖然とした。 そこには布団が二組並べて敷かれてあった。薄暗い部屋に差し込む隣室の光でちょうど寝具の辺りがぼんやりと浮かび上がって見える。 日頃ベッドでの生活に慣れた彼女にとって、その光景は妙に艶しく感じられた。 考えまいとすればするほど、並んだ枕の構図がリアルに甦る。 木綿子は髪にブラシを通しながら目を閉じた。 自分を落ち着かせようと大きく息をする。それでも鼓動が乱れ、手が震えるのを抑えられなかった。 肩に温もりを感じ、目を開けると鏡越しに剛と視線が絡む。 いつの間にか彼はすぐ後ろに立って彼女を見下ろしていた。 ブラシを取り上げられ、彼に手を取られ立ち上がった木綿子だが、緊張のあまりその場から動けない。 そんな彼女を軽々と抱かかえると、剛はゆっくりと隣の部屋まで運び、そっと布団に横たえた。 上から柔らかく降りてくる剛の指が最初に彼女の唇を、そして頬から顎、喉元へと滑り、その後を彼の唇が追っていく。 不意に木綿子がくぐもった笑いを漏らした。 首筋に埋めた顔を上げ、怪訝そうな表情をする剛に彼女はこう囁いた。 「私をお姫様抱っこしてくれる人がいるなんて、信じられない」 彼女の身長は並みの女性よりも大きく、下手をすると男性よりも背が高いことだってある。 少し踵のあるブーツやパンプスを履いただけで軽く175センチくらいになってしまうのだ。 だから男性と一緒の時はローヒールの靴しか履かないようにしていたし、並ぶ場所にも気を使う。 学生時代にバレーボールをやっていたせいか今でも無駄な贅肉はついていないものの、それでも人並みに体重がある彼女を易々と抱え上げられる男性はそうそういないのが実情だ。 「この程度で喜んでもらえるんだったら、いつでもやってやるよ」 彼はそう言うと悪戯っぽく笑った。 「これからすることの方を、もっと気に入ってもらえると嬉しいけどね」 いつの間にか浴衣の帯が解かれ、袷が肌蹴ている。 そして着けていたはずのブラジャーも胸元から消えていた。 彼の手が鎖骨から脇へと滑り胸のふくらみを包む。形は悪くないと自分でも思うのだが、幾分ボリュームに欠ける乳房を寄せるように持ち上げると、彼はその頂を優しく口に含んだ。 恥ずかしさに思わず目を閉じる。 舌先で転がされ強弱をつけて吸われるとむず痒いような疼きが起こり、それはなぜか体の真ん中、ちょうどお腹の下あたりに集まってくるような感覚を覚える。その間にも彼の片手は身体の線を辿るように脇から腰を這い、ぴったりと合わせた太腿の内側に割り込み下着の上から何度も割れ目をなぞった。 やがて指先が下着の間から忍び込んだかと思うと、木綿子が誰にも許したことのない部分に触れた。 そのあまりにも生々しい感触に腰がひけ、彼の手から逃れようと身を捩るが、体の重みで押さえつけられていては横に向くことすら叶わない。 自然と身体に力が入り、緊張に震えた。 そんな木綿子の様子に気付いた剛は、わずかに顔を上げて強張った顔をのぞきこんだ。 彼女の目は熱っぽく潤んではいたが、同時に困惑の色も浮かんでいる。 その無垢で儚げな風情に彼の体は一気に昂ぶった。 すぐにでも押さえつけて無理矢理にでも彼女の中に己を埋めたいという欲望を飲み込んで、彼女の小さな入口を解していく。 指一本ですらきついくらいなのだ。無理なことをすれば身体を傷つけてしまうかもしれない。 経験のない彼女だからこそ、今夜のことはできるだけ素晴しい経験に、そして良い思い出にしてあげたかった。 剛は体の位置を変えると、腰を押さえたまま木綿子の下着を抜き取り、両足を抱え込んだ。 突然あられもない格好にさせられ、硬直した木綿子が呆然としているうちに彼の頭が脚の付け根に寄っていく。 気がついた時には、彼の唇は彼女の秘所を捕らえ舌先が入口を弄っていた。 「い、いやだ、嘘っ…」 そんなところに顔を持っていかれるだけでも恥ずかしいのに、その上舌で舐め上げられている。 その絶妙なざらつき感が余計に羞恥を誘う。 「お、お願いだから止めて」 彼の目の前に曝け出された場所を隠そうと太腿を擦り合わせるが、そうすればするほどしっかりと入り込んだ彼の頭は押し付けられ、顔が付け根に密着するだけだった。 敷布団を足で蹴って身体をかわそうともがいてみても、彼の手にがっちりと掴まれたお尻は動かせず、むしろ腰を浮かせただけ引き上げられ、余計に足を開かされてしまう。 自分でも知らなかった弱いところを次々に彼に探られるうち、ついに木綿子の口からは悲鳴とも喘ぎとも分からない声が漏れ始めた。 どのくらいそうしていただろう。 彼の指と舌に翻弄され続け、抵抗する力が萎えてきた頃を見計らったかのように、突然彼が脚の間から体を起こした。 体をずらし、上から見下ろす彼女の顔は思ったとおり涙と汗とでぐちゃぐちゃだ。 羞恥と不安が錯綜した中で興奮に頬を染め、苦悶と快楽の間で振り子のように揺れている。 その姿は、今まで彼が見てきた数多の女たちのそれよりはるかに美しく見えた。 これ以上は待てなかった。 剛は起き上がると自分の体に巻きついた帯を解き、着乱れた浴衣を振り落とした。そして湧き上がる欲求に目が翳みそうになりながらも、やっとの思いで避妊具をつけると彼女の上に体を重ねていった。 「大丈夫だから」彼が耳元で囁く。「力を抜いて」 木綿子は頷いたが一向に身体にこもった力が抜ける気配がない。 不用意に重みがかからないように剛が両腕を体の脇につき体重を支えていたが、先端をそこにあてがっただけでも異物の進入を拒もうとする彼女の体は無意識にどんどん上へと逃げて行ってしまう。 仕方なく彼女の肩と腰を押さえ半ば強引に体を沈め始めた時には、木綿子の背中は半分くらい布団から畳にはみ出してしまっていた。 擦れるような弱い痛みがしばらく続いた後、最後に奥のほうで引き延ばされる違和感を覚えると同時に剛の動きが止まった。 木綿子が恐る恐る目を開けると、真上から彼に見つめられていた。 その表情は悦んでいるようであり、苦しんでいるようでもあった。 「痛むか?」剛が問いかける。 「少し。でも大丈夫だと、思う」 痛みはあまり感じなかった。ただ無理やりかえるの様に変な角度に広げられた足の関節が攣りそうなのと、初めての体験のショックで呼吸が覚束ないだけだ。 「それよりも…何で自分が畳の上に寝ているのかが…分からない」 彼は唖然とした顔をしたが、次の瞬間体を揺らして笑い始めた。 つながったままの下半身が衝撃で擦れ、木綿子は痛みに顔を顰めた。 「自分が背中から這って行ったのを覚えてないのか?随分器用に腰で布団を蹴ってたぞ」 言われてもまったく覚えがない木綿子は、むくれて横を向いた。 畳で擦れた肩から肩甲骨あたりがひりひりする。 「元の場所に戻してやりたいが…スマン、もう限界だ」 そう言うと、剛は腰を煽り始めた。 ぎりぎりまで引き一気に奥に押し込まれるとその度に腰から腹のあたりに衝撃が走る。聞いていたような苦痛はないものの、快感とは程遠い振動の往復が続いた。 と、彼が木綿子の腰を浮かせ、突き上げる角度を変えると胸を弄られたときと同じようなむずむずした疼きが起こった。 「あ…あっ」 自分の声ではないような、深く掠れた喘ぎ声が漏れる。 慌てて手のひらで口を押さえるが、突かれる度に湧き上がる快感と嬌声は自分でも止め様がなかった。 「もう、無理だ。もたない」 剛は食いしばった歯の間から唸るようにそう言うと、最後の瞬間に向けて動き出す。 今まで以上に激しく腰を打ちつけられる衝撃に、目から火花が飛び、体がわなないたがそれでも耐えて彼の欲望を受け止めた。 剛が呻き声と共に彼女の上に身を投げ出した時でさえ、木綿子の手と体は彼の重みを優しく包み込んだ。 「愛してるよ、木綿子…」 荒い息で切れ切れになりながらも、彼はそう呟いた。 そして、汗ばんだ彼の首筋に顔を埋め髪を撫でられながら、木綿子もまた愛する人と体を重ねるということの幸せを噛み締めていたのだった。 HOME |