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I wish... 番外編

愛妻家 Dr.石崎の憂鬱 4


「最近はお袋も何か用事でもない限り、こんな時間に電話なんてしてこないだろう?」
木綿子はだんまりを決め込んだように、何も言おうとはしない。
医者に行ったのならはっきりとした結果が出ているはずだ。今までは聞くのを我慢していたが、もうそれも限界だった。
問い詰めるなら今しかない。

「さっき検査がどうとか言っていたけど、ちゃんと診てもらって分かったのか?」
俺が聞いていたとは思っていなかったのだろう、木綿子の顔には戸惑いの表情が浮かんでいる。
「ずっと調子が悪かったんだろう?体がだるそうだったし。もっと早くに病院に行っていればすぐに結果が分かったはずだぞ。何で今まで我慢していたんだ?」
顔を赤く染め、彼女が言いよどむ。
「でも、もしかしたら思い過ごしかもしれないし、放っておいたら良くなるかもって思ったから…」
さすがに俺もこの答えにはカチンときた。何て無頓着なことを考えているんだろう彼女は。

「時間が経てばよくなるものでもないだろう。大体ずっと具合が悪いのを隠していたなんて、どういうつもりだったんだ?これは君一人の問題じゃないんだぞ。もしものことがあったら、どうするつもりだったんだ」
最初のうちは俺の剣幕に驚いていた様子の木綿子だったが、そのうちに彼女の方も一方的にまくし立てられることにキレたようだった。
「だから、何でこんなことまで言わなくちゃいけないのよ。自覚はあったから気をつけてはいたのよ。でもなってしまったんだから仕方ないでしょ?忙しくてなかなか病院に行けなかったけど、近くだと男のお医者さんしか知らなかったから仕方がなかったのよ。あんな恥ずかしい…」
「恥ずかしいとか、そういう問題か?これからずっと検診のたびに見られるし内診で触られるんだぞ。今からそんな調子だと先が思いやられる」

彼女が妙な顔をした。
「内診?」
「そう、今日も診てもらったんじゃないのか?内診台で」
どういうものかをポーズをとって示す。
「もう隠さないで言えよ、妊娠してるんだろ?」

暫しの沈黙のあと、突然箍が外れたように木綿子が笑い出した。
「や、やだ、も、もしかして、今日行ったの、さ、産婦人科だと思ってるの?」
何がそんなに可笑しいのかとむっとしていると、笑いすぎて目に涙を浮かべた彼女がつっかえながら話し出した。
「ち、違う、違う、今日行ったのは産婦人科ではありません。一応検査をしたけど妊娠検査ではないから。ちなみに先週、予定通りにちゃんと生理も来ましたっ」
「じゃぁどこの病院に行って何の検査をしたんだ?」
「それはちょっと調子が…」
急に笑いの勢いが萎んで、ぼそぼそと言い訳を始める木綿子。
「調子が悪いのは分かってる。だからなんだったんだ?言えない病気か?」
「いいたくない」
「言えよ、でないとお袋に場所を聞いて、受診した病院に直接話を聞きに行くぞ」
俯き加減だった彼女が怒りに顔を赤く染める。
「泌尿器科」
ぼそりと呟くように木綿子が答える。
「はぁ?」
間の抜けた俺の返事に、彼女が噛み付いた。
「だから泌尿器科よ。ひ・にょう・き・か。膀胱炎になっちゃったのよ!」

暫く前から、幼稚園で流行っていた嘔吐下痢に罹患した職員が次々に休んでしまい、てんてこ舞いの忙しさだった。
木綿子も通常なら1つか2つのコースを受け持てばよい園バスを一手に引き受けざるを得なくなり、園バスで送迎中はトイレに行けず我慢することが多くなった。
結果、その我慢が高じて膀胱炎になってしまったのだという。

「トイレに行ってもすっきりしないし、またすぐに行きたくなっちゃって。何度もトイレに飛び込んだわよ」
微熱が続き体はだるい。そんな状態の上に、先週は生理とも重なって、かなり辛かったらしい。
「下の話だし、できれば女の先生に診ていただきたかったの。でも泌尿器を扱ってくれる女医さんってなかなかいないのね。お義母さんに教えていただいて、すぐに行こうと思っていたんだけど、その…生理中は尿検査はできないらしいし」
それで時間ができた今日になって、かなり遠方の医者まで診察を受けに行ったのだそうだ。
「できればあなたには、知られたくなかったんだけど…」
「子供……じゃぁなかったのか」
呆けたように彼女を見ている俺に向かって、木綿子が特大の溜息を漏らしたのは言うまでもない。



結局俺たちは、予定通り新婚旅行に出発することができた。
間抜けすぎるオチにしばらくはがっくりと気落ちした自分だったが、まぁ、今思えばこうして木綿子の喜ぶ顔が見えただけでもよかったかなと思う。

あの後、大変だったのは勤務先の医局の噂を打ち消すことだった。
どこをどう伝わったのか、週明けにはみんな知っていて、会う人会う人に「おめでとう」と言われたのには、正直参った。
「実は勘違いだったんですよ」と何度否定したことか。
気が早い職員に『子供の名づけ方』とかいう本を贈られ、「あとしばらくは使えないんだよ」と言うのは何とも虚しいものがあった。

そうそう、新婚旅行も無事に済んだことだし、これからはせいぜい毎晩頑張らせていただきますよ。



こうして新婚早々一騒動あった石崎家に、おめでたい知らせが舞い込んだのは、これからまだ少し先のお話。



〜END〜




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