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I wish... 番外編

愛妻家 Dr.石崎の憂鬱 1


自分の名は石崎剛。
職業、外科医。
3ヶ月ほど前に予てから交際中だった女性と結婚したばかり。周囲からは新婚ほやほやと揶揄されることも多い。
まぁ、別に悪い気はしないので、余裕の笑みでかわしている今日この頃だ。

妻は元々幼稚園の教諭で、現在も仕事を続けている。
すぐにでも子供が欲しかった自分としては、いつそうなっても良いように彼女には家にいてほしいのはやまやまだが、まだ職について2年しか経っておらず、もう少し仕事をしたいという本人の希望と、勤務先の幼稚園で急にベテランの職員が二人抜けることになったため園長から慰留された経緯もあった。

「今どき結婚退職なんて流行らないわよ」
今も現役の医師である俺の母親は、妻が外で働くことには寛大だ。

「産休と育児休暇をあわせれば一年近くは休めるんだから、辞める必要もないし」
強力なバックに支えられて意気揚々と構える妻。
だが腹が空く暇がないくらい子どもをつくってやると意気込んでいる、俺の密かな企みを彼女たちは知らないのだ。
三人も続けて出産すれば、さすがに仕事どころではなくなるだろうと俺は踏んでいる。

ちなみに今は、ちゃんと妊娠させないように気をつけている。
それというのも、妻の夏休みに合わせて新婚旅行に行く計画があるからだ。
今どき珍しく彼女にとっては初海外で、それは楽しみにしている様子。
これを潰したら一生恨まれること請け合いだ。



7月に入ったがまだ梅雨が明けず、毎日じめじめとした天気が続いていた。
ここ数日、妻の木綿子の体調が悪そうなのが気になっていた。
園で嘔吐下痢が流行り、園児だけでなく職員も次々に罹患していったため、いつも以上に忙しくなっているせいだと彼女は言うのだが、それにしても顔色がすぐれない。
体はだるそうにしているし、急にトイレに駆け込んでいる姿を何度か見た。

「調子が悪いなら、早めに言えよ」
「うん、分かってる…」
何度か注意はしたが、彼女は煮え切らない返事を繰り返すだけだった。


週末、久しぶりに俺の実家で、両親と一緒に食事をすることにした。
行ってみると、ちょうど一人で遊びに来ていたまゆちゃんもいて、賑やかにいろいろと話が弾んだ。
食事が終わり、後片付けをお袋と木綿子がしている間、俺は親父とまゆちゃんと三人でゲームをしていた。
「俺、ちょっとビール取ってくる」
「私、ジュース」
まゆちゃんが尽かさず注文を加えてくる。
「親父も何かいる?」
「おお、それじゃビールを頼む」

キッチンに行き、冷蔵庫を開けようとしたとき、隣のパントリーからひそひそと話す声が聞こえてきた。

「…でもやっぱり恥ずかしいです。そういう所に行くのって」
「湯川先生のところだと女医さんだから大丈夫よ」
「お義母さんに診てもらえませんか?」
「うーん、そうねぇ。でも、そういうのはやっぱり専門の医師にちゃんと相談した方が…」

どうやら声の主はお袋と木綿子のようだ。
コソコソと声を潜めて話すなんて、何かあったのか?

「まゆちゃんがジュースを飲みたいって言ってるんだけど、出していいか?」
パントリーに聞こえるように声を掛けると、二人がキッチンの方へ出てきた。
「いいけど、あまりたくさんはダメよ。夜中におトイレに行きたくなっちゃうから」
木綿子が子供用の、据わりの良い幅広のコップをボードから取り出す。
その様子にいつもと変わったことろは見られなかった。


週が明け、また忙しい日常が戻ってくる。
特に今週は手術の予約が満杯に入っていた。何とか時間をやりくりして交代で休憩を取っていたが、たまたま同じ医局にいる親しい看護師と食事時間が一緒になった時があった。

「石崎Dr.」
職員食堂で名を呼ばれ振り返ると、窓際の席に数人の看護師や技師たちが陣取っていた。
「君たちも今から?」
食事の乗ったトレーを持って近づくと、若い検査技師が横にずれて席を空けた。

「午前のオペが長引いて、やっと休憩になったんですよ」
午前中に入った急患で、手術の予定は大幅に遅れた。
大きな事故があり、救急センターに収容しきれなかった患者がこちらに回されたためだ。
自分も処置に駆り出され、やっと昼食にありつけたところだが、時計はすでに3時を回っている。

「今日もちょっと遅くなりそうだな。調子悪そうだから早く帰りたかったんだけど」
俺のため息混じりの呟きを、耳ざとい看護師が聞きつけた。
「先生、どこか調子悪いんですか?」
「いや、妻が…ね」
「相変わらずお熱いですねー。ま、新婚さんだから」
冷やかしの言葉が浴びせられるが、このあたりはいつものことなので聞かぬ振りで軽くいなす。
「何か体がだるそうだし、トイレにばっかり駆け込んでるみたいだからちょっと心配でね。なかなか病院に行こうとしないし」
それを聞いた看護師と女性の技師が顔を見合わせる。
「先生、それって…」
周囲の女性陣たちが一斉に色めき立つのが分かった。
一体何なんだ?
「それって、奥様、オメデタではないんですか?」




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