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〜★ 777777 HIT リクエスト ★〜

I wish... 番外編

Ring Ring? Tragicomedy 3


帰宅してから、キッチンのテーブルや流し台の上、冷蔵庫の周囲と思いつく場所はくまなく探してみましたが、やはり指輪は見つかりませんでした。

「仕方がないさ。誰も間違って食べなかったんだから、よしとしよう」
彼はあっさりとそう言うと、私にも同意を促します。
確かにそうです。
指輪を失くしたことはショックですが、せっかく楽しんでおられた他の皆さんに、不快な思いをさせることがなかっただけでも良かったと思わなければいけません。
分かってはいるのですが…。


「もう気にするなよ。明日、早速買いに行こう。縁が切れると困るからな」
「でも、結婚指輪を失くしちゃうなんて。私、奥さん失格だね」

久しぶりに一緒に入ったお風呂で、髪を洗ってもらいながら漏らした言葉に、剛さんが頭の上で溜息をついたのが聞こえます。
いつまでもいじけているのは良くないと分かってはいるのですが、どうしてもそこから抜け出せない私。

「そんなことはない。指輪なんてなくても、木綿子はちゃんと奥さんしてるよ。それに今はお母さん予備軍も兼業だ。今のままで充分頑張ってると思っている」
湯船の中で、目立ち始めた私のお腹を後ろからさすりながら、剛さんが慰めてくれますが、何だかそれさえも辛くって。

これって、もしかして「マタニティブルー」というやつでしょうか?
まだ出産していませんから、頭に「プレ」を付けて。
お腹に赤ちゃんがいることが分かってからというもの、日々の生活や自分の体調を維持することに追われて、そんなことを感じる余裕もなかったのです。
しかし、いざ時間ができた途端に思い悩んでこんな風に落ち込むのなら、余裕なんてない方が良かったのかな…。

そんなことをぼんやり考えていると、いつの間にか剛さんの手がお腹から離れ、胸の方へと伸びてきていました。
「また一段と柔らかくなった感じがするな」
以前は若干ボリュームに乏しかった胸は、妊娠と共に段々と大きくなり、お湯の浮力があってもずしりと重く感じます。
「やっぱり剛さん、おっぱいが大きい女の人の方がいい?」
それはそうでしょう。私だって、グラビアとかで胸の大きなモデルさんを見ると、思わず「いいなぁ…」と思ったりしますもの。同性ながら、触ってみたいなぁ、なんてね。

「俺は大きくても小さくても、木綿子の胸が一番イイ」
うわっ、何だか嬉しいですが、照れます。素で言われると、こっちが恥ずかしくなります。
彼は時々、思わぬことを真顔でさらりと言ってのけます。元々無骨な喋り方をする人ですが、こういう表現もストレート過ぎるほど。
こればかりは結婚して一年以上経ってもなかなか慣れることができません。
私は思わず赤なって俯いてしまいました。

「どうした?もう逆上せたのか?」
顔だけでなく身体まで赤くなってしまったのを見た剛さんが、湯船から私を引き上げます。
「ほら、先に出て、髪の毛を乾かしていろよ」
身体をバスタオルで拭きあげると、剛さんは私を浴室の外に促します。私は素直に外の洗面所に出ると、用意してあった下着とパジャマを身につけました。
そういえば、このパジャマもちょっと胸のあたりが窮屈になってきた感じがします。
やはり5ヶ月ともなると、ウエストなどが部分的にレディースのMやLでは間に合わなくなるみたいです。
特にバストはそれが顕著で、以前は頑張って寄せてあげてもBカップにしかならなかった胸が、今ではDカップに近いくらい大きくなっているのですから、自分の身体ながらその変化に驚きます。


ドライヤーをかけて粗方髪が乾いた頃、剛さんがお風呂から出てきました。
「風呂、洗っておいたから」
「ありがとう」
私の妊娠が判ってからというもの、彼は進んでお風呂の掃除など、力の必要な家事を引き受けてくれています。特に最近はお腹が邪魔をして段々と前に屈むのが辛くなってきているので、ありがたいのです。すごく助かっています。

本当に優しい、出来過ぎクンなダンナ様です。なのに、私ときたら…。
思わず何もつけていない左手の指を見ながら溜息をついてしまいます。
「ほら、もう考えるなよ」
洗面台の鏡越しに、少し怒ったような剛さんの顔が見えました。
「でも、どうしても考えちゃう…」
「仕方がないな。それなら実力行使で、考えられないようにしてやるから」

うわっ、何かヤバい?この雰囲気。
ぎくりとしながら見た鏡の中の顔が意地悪クンに変わっています。こうなると、いつも…。
「ほらっ、いくぞ」
徐に私を抱き上げると、剛さんはどずどずと大股で寝室へと向かって行きます。
彼は、まだ下着も着けず、バスタオルを腰に巻いているだけなのに、その格好でどうするつもりでしょう?

「いや、ちょ、ちょっと待って、ブラシ…」
ベッドに着くと、剛さんは私が振り回していたヘアブラシを取り上げてベッドの端に投げ出しました。
「ご、剛さん?妊娠中にあんまり激しいのは…」
「そのくらいは、ちゃんと心得ているさ。心配するなよ。長く、優しく『可愛がって』あげるから」

それは、『甚振っての間違いでは?』
そう突っ込む間もなく、彼の手が身体を撫で回し始めます。
ああ、もうダメです……
撃沈。


言葉通り、それから剛さんは悠長に、しかし執拗に、時間をかけて私を弄って…もとい、愛してくれました。
その夜、昼間の疲れもあり、私は彼の目論見どおりに何も考えず、夢さえ見ることなく、ぐっすりと眠ったのでした。



翌日は日曜日の朝。

私はいつもよりかなり寝坊してしまいました。もう朝日はすっかり昇っていて、部屋に眩しい光が差し込んでいます。
まぁ、昨夜が昨夜でしたし…休日だから許されることですけど。

横ではまだ、剛さんが穏やかな寝息を立ててぐっすりと眠っています。
こっそりと、彼を起さないようにベッドから起き出した私は、床に足を下ろした途端に何か固いものを踏みつけました。
「痛っ」
足元に転がっていたのは、剛さんに取り上げられたヘアブラシでした。
「片付けておかないと大変」
ただでさえお腹が邪魔で足元が不安定になっているのです。間違って踏んでこけたりでもしたら大変です。
私は屈んでブラシを拾うと、ベッドの向こう側にあるドレッサーに近づき、それを置こうとしました。
すると、そこにキラリと光る小さなものが。

「キャー!あ…あった!」
思わず私が大声で上げた歓声に、眠っていた剛さんが飛び起きました。
「あったの、あったぁ」
「何だ?何があったんだ」
起き抜きの剛さんはまだ意識がはっきりしない様子で、目を瞬かせながら訝しそうにこちらを見ています。
私は思わず見つけたものを高々と彼の方へと掲げていました。
「あった、あったのよ、指輪、指輪が…あったー」


元々職場でもそんなにばっちりメイクをする方ではなかった私ですが、妊娠してからとういうもの、悪阻で化粧品の匂いを受け付けなかったのと、気分が悪くなった後でいつでも顔が洗えるように、化粧水以外はほとんど何もしていませんでした。
そういえば、昨日は日焼け防止のため、いつもはしないお化粧を久しぶりに念入りにしたのです。その時日焼け止めが指輪にべっとりとついてしまったので、後で洗おうと無意識に外したまま、そのことをすっかり忘れてしまっていたのでした。

「良かったな、見つかって」
彼なりに心配してくれていたのでしょう。私の満面の笑みを見て、剛さんがそう言ってくれました。
「うん、本当に良かった。ありがとう」



それから指輪をなくすようなことは一度もありません。と言うより、今では身体と同じように指もすっかり元に戻り、外そうとしてもなかなか抜けないくらいです。お腹の赤ちゃんも順調に育っています。

こんな調子で笑い?の絶えない毎日を過ごしながら、あと少しで始まる子供との生活が今から楽しみで仕方がない私たち夫婦です。



―― 終 ――



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