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〜★ 777777 HIT リクエスト ★〜

I wish... 番外編

Ring Ring? Tragicomedy 2


午前で敗退した方や、午後からのシングルスの試合に出ない方は、早速ビールを開けての宴会です。
輪の真ん中には、重箱に詰まったおかずと皆さんが持ち寄ってきたデザートやおつまみの類が所狭しと並べられていました。
私はそれらを紙皿に少しずつ取り分けながら、みんなに渡していたのですが…。

最後に剛さんに取り皿を渡した時です。
差し出した自分の手に、何となく違和感がありました。
私は皿を渡した後に、空いた左手をじっと見つめました。
「えっ?」
いつも左手の薬指あるはずの感覚がありません。
そう、結婚指輪が…指からなくなっていたのです。

「ご、剛さん…」
多分、呼びかけながら、私の顔色は真っ青になっていたのだと思います。
隣に座っていた夫は、すぐに異変に気づいてくれました。
「どうしたんだ?気分でも悪くなったのか?」
心配そうに問いかける彼に、私は首を横に振りました。
「ち、違うの。見て」
気が動転していた私は、ワイドショーで見た芸能人の方の婚約会見のように、左手をグーに握って突き出しました。まるでパンチでも繰り出すかのように。

「て、手が、どうしたんだ?」
突然の私の危行に剛さんも焦ったのか、つられて同じようにどもっています。
「て、手ではないの。指、指がないの」
「指がない?」
剛さんは、ますます何が何だか分からないといった表情で私の手を掴むと、グーに握った指を一本ずつぐいぐいと開きました。
「指はちゃんとあるじゃないか、ほら5本しっかり」

傍から見れば何とも間抜けな会話に聞こえたと思いますが、その時の私にそんなことを恥ずかしがる余裕はありませんでした。
「ち、違うってば、指。指に、指輪がないのよ」


最後にある記憶は、今朝おむすびを握る時。
指輪と指の間がきれいに洗えないのが気になって、外したのです。皆さんにも食べていただく以上、衛生面にも気をつけないといけませんから。
でもその後に、指輪をはめた記憶がありません。
目に見える場所に置き忘れていたなら、きっと私か剛さんが見つけているはずなのですが。

悪阻で痩せたせいで、指輪はすぐに抜けてしまうようになっていました。
一時は腕を下に垂らすとそのまま落ちてしまいそううなくらい、ぐすぐすになっていたので、気になって始終手を握っていた時期もあったくらいです。
不自由なので、仕方なく外すこともよくありましたが、その時には失くさない様に気をつけていたつもりだったのに。


「確か、これを握る時に抜いてテーブルの上に置かなかったか?」
剛さんがおむすびを指しながら聞いてきます。
「うん、外してテーブルの上に置いた」
しかし、出掛ける間際に忘れものがないか、テーブルの上を確認したときには何もありませんでした。

「うそ…」
その時私は重大なことに気がつきました。
もしかして、私、無意識におむすびの中に一緒に指輪を握り混んじゃったのでは…?
そんなことはありえないとは思いつつ、朝からばたばたしていたことを考えると、絶対とはいえません。
ただでさえ抜けやすくなっている指輪です。何かの拍子にお米の中に…なんてことを考えただけでも泣けてきそうです。

「大変っ」
私は慌てて剛さんに耳打ちしました。
彼も一瞬驚いた顔で周囲を見回します。
早く止めないと、誰かが指輪入りおむすびを食べることになりまねません。

「ちょっと聞いてくれ」
剛さんは徐に立ち上がると、皆さんの注意を引きました。
「すまんがみんな、自分の手元にあるにぎり飯を割ってみてくれないか?もしかしたら、中にウチのかみさんの指輪が入っているかもしれないんだ」



皆さんに説明して、お願いして、お詫びして。
持参したおむすびは、全部割ってみてもらいましたが、それでも指輪は出てきませんでした。
とりあえず、おむすびをガブリと食べて、『がりっ』という心配はなくなりました。
ほっとしましたが、結婚指輪を失くしてしまったことには代わりありません。
剛さんたちが車の中や周囲、座っていた客席まで探してくれましたが、結局指輪は見つかりませんでした。


「奥さん、石崎先生がすぐに次のやつをプレゼントしてくれますよ」
「ドクター、『何とかの切れ目が縁の切れ目』にならないうちに、新しいのを買ってあげてくださいね」

皆さん、励ましとも慰めともつかない優しい言葉をかけてくださいました。
お心遣いがありがたかったですが、同時に自分のドジさ加減に落ち込みました。
選りによってこんな時に、皆さんにご迷惑をお掛けしてしまい、その上大事なものを失くすなんて、自分にガッカリです。



帰りの車の中でも、夫婦の会話は途切れがち。
剛さんは、しょんぼりうな垂れる私にどう言葉を掛けてよいやら分からない様子でした。
「そんなに落ち込むなよ。指輪くらい、すぐにまた買ってやるから」
「でも、あれお気に入りだったんだよ。ハンドメイドの一点ものだし」

外科医と言う仕事柄、剛さんは指輪をしたがりません。
手術のときなど、細かな手先を使う作業には、どうしても邪魔になるのだそうです。
その分、私の結婚指輪は凝った作りのものを買ってくれました。
私が気に入ったのは、幅が2ミリほどしかない、珍しいほど極薄のプラチナのリング。
細さゆえに細工はほとんどありませんが、丹念な磨きが入っていて、指にはめていると、きらきらときれいに光るマリッジリングでした。


「次は落したらすぐに分かるように、1センチくらいのでっかいのにしようか?金色で、真ん中にダイヤか何かがぎらっとしてるやつ」
それを想像した私は思わず吹き出しました。
「それじゃ、成金のオジサンがしているメンズリングじゃない。嫌だ、そんなの」
「とにかく、家に帰って探してみよう。もしかしたら、そのあたりに転がっているかもしれないぞ」

そうであって欲しいと願いつつ、私は荷物を下ろしてくれている剛さんを駐車場に残して一足先に自宅のマンションの扉を開けたのでした。




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