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True Colors  5


越智と名乗った男は、その後も足繁く彼女の元を訪れた。しかし、悠莉はその話をにべもなく断り続ける。
さすがに彼も一人暮らしの女性の家をしつこく訪問するのは拙いと思ったのか、自宅に来たのはあの夜の一度きりで、あとは休み時間や終業後を狙って専ら会社に姿を現すようになった。
できるだけ人目がある方が安心できると思った彼女は最初のうちは越智が職場来ることを拒まずにいたが、訪問の回数を重ねるごとに段々と周囲の好奇の目に晒されていることに気付いた。

身なりの良過ぎる若い男を袖にし続けるお高い女。

そんな風に言われているのを偶然耳にした時、彼女はどんなことがあっても彼の用件を呑む意志がないことを伝えてこの件を終わりにしてもらおうと決めた。

「何度いらしても、私はこの場所を動く気はありません。ですから、もう二度と私の前に姿を見せないで下さい」
自転車通勤の帰り道、もうお馴染みになった待ち伏せのポイントにいた越智を見つけた悠莉は、開口一番彼にそう告げた。
「こんなことをされると本当に困ります。陰でこそこそと言われるし、あらぬ噂まで立てられて。はっきり言って迷惑です。お願いですからもう止めてもらえませんか」
だが越智は取りつく島もなく、彼女の頼みを撥ね付けた。
「それはできません。これは私の業務の一環ですからね。何より、私はあなたとのパイプを断ち切ることを許されていない」
「許されるって、一体誰の命令でこんなばかばかしいことをしているんですか?それを教えていただければその人に直談判してもいいんですけど。なんで私がこんな風にあなたに付け回されるのか、どうしても理解できなくて」
越智は、苦笑いしながら首を振る。
「申し訳ありませんが、もう私の口からはこれ以上何も言えません」
「それが理解できないっていうんです。上手く言えないけど、変です。そう、私の周りのすべてが何かおかしなことになってきている感じがして、気味が悪くて」

それを聞いた越智は表情を変えずに心の中で唸った。
彼女はもう、自分の身に起こり始めたことに感づいているのか。
まだ表向き目立った動きはないものの、水面下では彼女を取り巻く状況は急激に変化しつつあった。
ビンガムのトップの病状が深刻化している今、悠莉をターゲットにしているのは彼らだけではなかった。現にここのところ彼女の身に回りに不審なことが起こり始めている。今はまだ越智たちのガードが固く実害はないが、このままだと遠からず彼女に危険が及ぶ恐れも想定しておく必要が出てくるかもしれない。

奴らが彼女の存在を潰しにかかった可能性がある。

そう連絡を受けて以来、悠莉から絶対に目を離すなという上層部からの指示のもと、表で動く越智を隠れ蓑にして裏ではボディガードたちが警戒にあたっていた。もちろん、彼女を含む周囲に気取られぬようにしながら、二十四時間体制での警護と監視が続いている。

「とにかく、あまり人目につくことはしないで下さい。こちらも困りますから」
それでなくとも余所者の存在自体がここのような田舎では目立つのだ。しかも彼のように垢抜けた男性が度々自分と接触を図っているとなると、嫌が上でも近所の関心を煽る。
他人の口に戸は立てられない。
噂好きな人間の口にかかれば些細なことも尾ひれがついて、あっという間に広まってしまう。それはプライバシーがなきに等しい、近所付き合いの濃い田舎に住む者には避けては通れないものなのだ。
「分かりました。以後は気を付けるようにいたします」
越智はそう答えると一礼してそのまま停めてあった車に乗り込んだ。
それを見た悠莉も自転車に乗ると、その場を後にする。
だが、越智の乗った車はエンジンをかけたまま、しばらくその場を動かなかった。フィルムの貼られた窓を下げ、悠莉の後姿をうかがっていた彼は、視界から消えるまで彼女を追い続けていたからだ。

「一旦戻る。あとは上と相談だ」
彼は運転席にいた部下に声を掛けると、ウィンドウを上げた。そして彼らを乗せた車は音もなく、人通りの少ない道を滑るように走り去ったのだった。



その頃アメリカでは、M&Bグループの総帥であるジョージの病状が刻一刻と悪化の一途をたどっていた。
「まだ彼女は動かないのか」
現在は代理としてCEOのオフィスで指揮を執るクレイグは、現地との連絡を密に取りながら、自らが動くためのタイミングを計っていた。
『はい。なにぶんにも、警戒心が強いお方のようですね。社名を出した上で、こちらとしてもかなり良い条件を提示しようとしたのですが、見向きもされませんでした。それに交友関係がほとんどないので外堀を埋めようにもそのターゲットさえ炙り出せません。友人、親戚、会社の同僚、現在特に彼女と親しいという人物は皆無のようです』
そう言うと、電話の相手はしばし言葉を切る。
『私には、あんなに若い女性が、どうしてあそこまで頑なに人と交わるのを拒むのかはわかりませんね。いかがいたしましょう。こちらとしても、あまりこの状況を長引かせることは得策ではないと考えますが』

当初の計画では、彼女が地元を離れ、東京支社の管理下に置かれた時点で事情を明かした後に、速やかに身柄をこちらに移す手筈になっていた。仮に彼女がこの話に難色を示したとしても、いったん都会に出てしまえば若い女性の一人くらい、行方が分からなくなったからといってすぐにそれが発覚することはないと踏んだからだ。もし同じことを地元ですれば、誰かが彼女の突然の失踪を不審に思い、下手に捜索願など出されると後々面倒なことになりかねない。だが、予定は大幅に狂い、未だ彼女は自宅から一歩も動かない状態だ。
一進一退を繰り返していた継父、ジョージの容体はここ数日で一気に悪化し、昨夜も医師から、もう劇的な回復は望めず、あとは時間の問題だと告げられたばかり。それに、現地から報告された例の輩の動きも気になる。

いよいよ一刻の猶予もなくなってきていた。
決断の時か。
今後のためにも、できればこのような手段は取りたくないのだが。

しかし、クレイグはその場で即断するとすぐさま各方面に指示を飛ばした。そして自らもアクションを起こすべく、オフィスを後にしたのだった。




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