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True Colors  41


クレイグによる「帝国支配」の足固めは、彼が権力を引き継いで約1年半で粗方片がついた。
もちろんそこには悠莉から譲歩を引き出したことによる多大な恩恵があることは、周囲も彼自身も認めるところだ。
ビンガム家の人間にしばしば現れる、はしばみ色の髪と薄茶緑の瞳。そして何より彼女の持つ冷ややかな雰囲気が辣腕の前総裁を思わせるというところが功を奏したのか、悠莉はそこにいるだけで労せずしてジョージの影響力を引き継いだ。そして棚ボタで譲り受けた権力を公然とクレイグに譲り渡したことで誰もが「悠莉の夫」に一目置き、その存在を無視できなくなったのだ。
無論、一族やグループ内に利権に絡んだ小競り合いや悶着がまったくなかったとはいわない。
だが、クレイグにはそれらを抑え、断ずるだけの実力があり、彼に敵わない者は争って立場を追われるか、さもなくば黙って従うかしか道は残されていなかった。
その結果、ほとんどの者は彼の配下へと下ったのだ。
当初クレイグが危惧していた、サンドラとその取り巻きによる巻き返し工作はほとんど行われなかったと言っても差し支えないだろう。
それが悠莉が仕掛けた過去の掘り返しによる無言の圧力によるものなのか、それとも彼女自身がその身の先を見て観念したからなのかは分からない。しかし少なくとも表だっての阻害のみならず裏での妨害工作までもが実行されなかったことは事実だった。
「まぁ、サンドラだって馬鹿じゃないから、今自分が持っているものを失ってまで楯突こうなんてことは考えなかったのね」
老い先短い自分の人生を賭けて大博打に出るには根拠と動機が弱すぎる。
もし仮に、これでロバートが生きている状況ならば、サンドラは総帥の地位を奪取するべく迷うことなく捨て身の一手を講じたかもしれない。だが、いくら財産や権力を手中にしようとも、今の彼女にはそれを引き継ぐべき者がいないのだ。
ならば自分が生きている間の保身を図った方が得策だし現実的だと悠莉でも分かる。そんなサンドラを見て、彼女は納得するとともに少し憐みを感じてしまったのだ。

ジョージとロバートという二人の男性の、それも実の兄弟のどちらの子を身ごもったのか自分でも分からないという異常な状態で母の胎内に宿った彼女は、たまたまジョージの子供としてこの世に生まれることになった。しかしこれはあくまでも物事の結果であり、タイミングの問題で彼の遺伝子を受け継いだにすぎない。
自分の血をくむ次の世代を残せなかったロバート。そして彼の死によって縁になるものを失ったサンドラは、長年その鬱積した思いを金と権力への執着に向けることで己を保ってきたのかもしれない。

なんて孤独で虚しい人生なのだろうか。

もし、もしも罷り間違ってサンドラと自分が血の繋がった祖母と孫だったとしたら……彼女にはどうしてもその行きつく先が思い描けなかった。
状況としてその可能性は十分にあっと思う。だが仮にそれが分かっていたとしてもサンドラは悠莉を受け入れることはなかっただろう。
また、ジョージに見つけ出されていたとしても当時の状況では、周囲の皆がもろ手を上げて彼女を歓迎して迎え入れてくれたとも思えない。
要はジョージの死期が迫っていたという切迫した異常な状態の中でなければ、ここでも自分は疎外されていた可能性が高いのだ。
他人ならばいざ知らず、身内から存在を疎まれることの辛さは、日本にいた時から身を持って知っている。
結局自分は父親と母親のどちらの世界にも根本的に属することができないのだと悟ると、サンドラの孤独と、彼女が置かれた状況を他人事とは思えなかった。



悠莉がクレイグと共に渡米してから2年。
もうすぐジョージの二度目の命日が来る。

日本でいうところの三回忌だけれど、もちろんこちらにはそういった風習はないだろうな。

クレイグと共に招かれたあるパーティーに出席した帰り道、悠莉はリムジンの中でそんなことを考えている自分に気づき、思わず苦笑いを浮かべた。あれほど疎外感を感じ、孤立していたにもかかわらず、自分はまだあの田舎のコミュニティーの中で暮らしたことを無意識に準えるのかと思うとおかしささえ覚える。
こちらに来てからの2年間、要不要にかかわらずいろいろなことを知り、学んできた。刺激的で有意義な日々だったが、それでもそれらが体に刷り込まれた日本人としてのDNAを駆逐することまではできなかったと感じている。

「ねぇクレイグ」
悠莉は隣に座る夫の方を見た。
「何だ?」
こちら向けられたのは嫌味なほど整っている、まさしく「女たらし」の顔だ。
最初はむかついた彼の顔も、見慣れた今ではこれが普通に思えてしまうのが恐ろしい。
「そろそろ帰りたいんだけど」
「帰るって……どこに?」
突然妻から振られた話に、彼は不審そうな顔をする。
「もちろん日本に。私の故郷の……あの田舎の家に帰りたいのよ」
それを聞いたクレイグは、彼にしては珍しく戸惑いの表情を浮かべた。
「ここでの私の仕事は終わったわ。もうやれることはほとんど残ってないくらいに」
「まだそんなことを考えていたのか?君はビンガムの要として本来ここにいるはずの人間じゃないか。そうだろう?」
「それはあなたの仕事でしょう?元から私には素質もその気もなかったんだから」
悠莉はふっと小さく笑うと驚きに強張ったクレイグの頬に手を添える。
「もう私の役目は終わったと思うの。あなたは周りを従わせるだけの実力を持っているし、それを発揮するステージも整った。私がいなくても困ることは何もないはずよ。後継者の件は弁護士に言ってジョージの遺言の中から削除させます。私の権限で」
「しかし……」
「ここは私がいるべき場所じゃない。確かに私は自分のルーツを知りたいとは思っていたわ。この髪も目も、周りと違うことを恥じる必要などなかったのに、父親のものを引き継いだというだけで自分の姿が嫌で嫌で仕方なかったから……それらを諸悪の根源のように思って、あわよくば死にかけていた彼の世界を全部ばらばらにぶち壊してやろうとさえ思っていたんだから。もちろん彼が父親だなんて絶対に認めるつもりもなかったし」
でもね、と笑う悠莉にクレイグは言うべき言葉を見つけられない。
「でも、それをしたからって今さらどうにもならないのよね。死んだ母が戻って来るわけじゃなし、自分がお金持ちの家にふさわしい令嬢になれるってものでもない。私は今でも片岡悠莉という名の平凡な日本人なんだから」
「だが、ビンガムの人間である君でなければ納得しない輩もまだまだいるだろう」
「それをどうにかするのが総帥としてのあなたの役目でもある、そうでしょう?お願い、もうここから私を解放して。それから自分の原点に戻って、もう一度自分を見つめ直してみたいのよ」




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