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True Colors  40


かつて一時的に悠莉が身を寄せていたこのマンションには今は誰も住んでいなかった。ハウスキーパーが定期的に掃除などのメンテナンスをしているのでさほど空気が籠っている感じではないが、それでも人気のない空間はどこか虚ろで寂しげに見える。

「ユーリ」
玄関を入ってすぐ後ろからクレイグに抱きしめられた悠莉は、呆れたように笑いながら身を捩らせた。
「人目がないのはわかっているけれど、こんなところで始めるなんて、随分と大胆ね」
すでに彼の手はドレスの上から胸を覆い、膝で裾を割ろうとしている。
「たまには開放的なのもいいだろう?」
屋敷ではいつどこにいても何某かの目がある。本当に二人きりになれるのは共用の寝室だけだが、そこさえも生活が不規則で家に戻れないこともあるクレイグのせいで毎晩一緒に過ごせるわけではない。
だからだろうか、悠莉を求める時のクレイグはクールさをかなぐり捨てて、いつもがつがつと貪ってくる。それまでの数か月、手さえ触れなかったことを考えるとその変わりようがおかしい気もするが、それは彼の都合だろうということで深く追及はしない。
「寝室か、せめてリビングに行くまで待てないの?」
背中のファスナーを下げられたせいで肩からずり落ちてくるドレスを手で押さえながら、彼女は踵の高い不安定な靴を蹴り出すようにして脱いだ。その間に彼の方は上着を脱ぎ捨ててから締めていたタイを取り、シャツのボタンまですべて外してしまう。剰えその場に放り出された高価なカフスボタンは音を立てて床を転がっていった。
「ほらまた、この前タイピンを落とした時みたいに見つけたキーパーに言われるわよ。『なんでこんなものが廊下の隅や家具の隙間にあるのか分かりませんが」って。何て答える気?」
「……仕方がないな」
そう言われてクレイグは諦めたようにため息をつくと、一旦彼女を放してから自分が投げたカフスボタンを拾いに行く。それから改めて悠莉を横抱きにして一番近くにある客用の寝室のドアを足で蹴って開けて中に入った。それを見た彼女が「行儀が悪いわよ」と窘めるのもお構いなしだ。
部屋の隅にあるベッドに彼女を下ろすと、クレイグはその側に立ち、残っていた自分の衣服を脱いでいく。
引き締まった体が露わになっていく様に見とれていた悠莉は、圧し掛かってきた彼の肩に手を伸ばすとその感触を確かめるようにそこから腰の下あたりまでをすっと撫で下ろした。
低く唸ったクレイグの唇がお返しとばかりに彼女の胸のふくらみに押し付けられる。舌先で固く尖った胸の頂を頃がされ、甘噛みされると今度は彼女が呻く番だった。
「んんっ」
悠莉が背中を弓なりに反らし、彼の頭を抱え込む。その間にクレイグの手は彼女の足の付け根を弄り、巧みに入口を解しながら中から滲みだす潤みを誘った。
「んっ、ああっ」
時折指先で感じる場所を擦られると、鼻に掛かった喘ぎが漏れ、自然に腰が浮いて揺れる。自分だけが乱されるのが悔しくて、負けじと項を引き寄せてクレイグの耳元に息を吹きかけた悠莉は、彼の体が大きく震えたのを感じると声を出さずに笑った。
「やったな」
悠莉が得意げににやりとしたのを見たクレイグが、屈みこむようにしながら足の間に自身を擦りつける。すると彼女は自ら膝を立てて言外に彼を誘った。
それを合図に避妊具をつけた彼がゆっくりと腰を落とし、自身の猛りを彼女の襞の中へと埋め込んでいく。内壁を押し広げられる感覚と共にその質量と熱を内側から感じながら、悠莉はその刹那の快楽に身を委ねた。
そう、彼女がこの関係に永続性を見ることはない。否、自分からそれを求めることをしてはならないと常に自らを戒めていると言った方が正しいかもしれない。
クレイグとの関係は一種の契約なのだ。
それは彼と出会った時から何だ変わっていない。
すべてが片付き彼女がここを去る時、二人の関係も終焉を迎えることになることは最初から分かっていたことだった。


悠莉が初めて彼と正面から向き合ったのは、彼女がサンドラと直接対峙したあの事件の直後だった。
表向き平静を装っていたものの、期せずしてそれまで内に秘めていた多くのものを吐き出すことになった彼女は精神的に参っていた。疑念がすっきりと解決されたとは言い難いが、それまで長い間心の中で澱んでいたものを洗いざらいぶちまけてしまった彼女は、自身の中身が空っぽになったような空虚感に襲われた。
その時彼女は初めて今まで自分が如何に憎しみや嘆きというものたちに縋り、それを糧にして生きてきたのかを悟ったのだ。
口にこそ出さなかったものの、心の中では自分を産んだ母を憐み、人と違う自らの容姿を嫌い、それらを受け入れてくれなかった周りのものたちすべてを恨み嘆くことで、自分の存在理由を見出していた。いうなれば自らを「寄る術を持たぬ悲劇のヒロイン」に仕立て、その境遇に酔っていたのだ。
しかし事実が明かされてしまえば自分がそんな大それたものでないことは明白だ。
現実を直視できない、世の中を斜めに見ているだけのただの我侭な女。
それを突きつけられ、己の甘さを痛感した。
一体今まで自分は何をして来たのかと思うと虚しさしか残らなかった。
そんな状態で彼を受け入れたのは、ただ慰めが欲しかったからなのかもしれない。その時は心よりも体が人肌を恋しがって疼き、彼の熱を欲していた。
浅ましい、だが純粋に他人を求める気持ちを初めて隠すことなく彼にぶつけた。軽蔑されるかもしれない、嫌われる可能性だってある。心の中でそれを恐れつつも、最早自覚した自分の弱さを偽ることはできなかった。
だが予想に反してクレイグはそれでも良いといってくれた。
無防備になってしまった悠莉の心の負担がそれで少しでも軽くなるのであれば、自分がその任を負うと。

そんな二人の間にあるものを愛情とは呼ぶのは憚られる。
かといって体だけで繋がっているのともまた違うように思える。彼女はそれを表す適切な言葉を知らないが、そこには確かに特別な感情が存在した。

「ユーリ、何を考えている?」
彼の緩やかな抽送で快楽を揺蕩っていた悠莉は、突然奥深くを強く突かれた衝撃で現実に引き戻された。
「な、何も……ひっ、ああっ」
大きな動きで内壁を擦られ、最奥を穿たれた体が撥ねて無意識に逃げようとすると、クレイグは彼女の腰を掴んだ手でそれを制し、更に強く深く突き上げ続ける。
「こんな時くらい真っ直ぐにこっちを見ろよ。今だけでいい、俺を、俺だけを……」
薄く開いた淡い茶緑の瞳で彼を見つめると、クレイグはやっと満足したように頷いて唇を寄せてくる。そして彼の下で揺れ続ける悠莉もまた、金色の髪に指を絡ませながら熱くその口づけに応えたのだった。




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