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True Colors  37


ロバートはジョージに実権が移ってからしばらくして亡くなっている。
表向きは心臓発作のための急死となっているが、実はその死因は正式には公表されていない。
葬儀は近親者のみで執り行われ、世間の扱いも小さかったらしい。
当時まだ少年だったクレイグにはもちろんそんなものがあった記憶はないし、家同士で親交があった母親も式には参列しなかったと聞いていた。

ロバートの死に疑問を感じたのは、クレイグがビンガムグループの中に入り、継父の片腕としてその中枢に関わるようになってからのことだった。
その前年に死去した前総帥であるジョージの父親の葬儀は盛大なもので、アメリカ全土から政界、財界の要人たちが参列している。それにひきかえ、翌年執り行われたロバートの葬儀の際には現総帥の実弟であるにもかかわらず、どこからも花の一つも贈られていない。
それを不審に思ったクレイグが調べたところ、思わぬ事実が判明した。
ロバートは死亡した当時、ビンガムグループ内で何一つ肩書を持っていなかったのだ。父親から相続したものを含めればグループ数社の大口株主という形にはなっているが、本社はおろかグループ内のどこにも彼が役員として名を連ねているものはない。それどころか、彼が前年まで日本支社に在籍していたという痕跡すら消し去られていた。

その件について当時の総帥であり、ロバートの兄でもあったジョージに問いただしたところ、彼から返ってきた答えは意外なものだった。
「自殺?」
「我々もそこまでは断言できない」
苦々しい表情でそう呟いたジョージは、吐き捨てるようにこう続けた。
「仲間内のパーティーで、判断力がなくなるほど酒をあおり、プールに落ちた。姿が見えなくなって探していたら、庭のプールの水底に沈んでいたそうだ」
その会場内にはコールガールたちが呼ばれ、傍から見ればパーティーというよりも無軌道な若者たちの乱痴気騒ぎという態だったそうだ。そこでは半ば公然とドラッグも使われていたのではないかという疑惑さえ持ち上がった。
ジョージは現場にいた当事者たちに箝口令を敷きそれらの事実を封じ込めると、表向きは彼を病死と発表するようマスコミにも圧力をかけた。そして弟の死亡当日の行動と疑惑を完全に闇に葬ったのだ。
それと同時にロバートが持っていたビンガム家の人間としての地位や名声のすべてを剥奪し、記録という記録から彼の存在自体を抹殺してしまった。
「どうして、そこまでしないといけなかったのかしら?」
「それ以外にビンガムの家名を守る方法がなかったそうだ。名のある家の人間にとって、自殺はマイナスイメージ以外の何物にもならない。そう決めつける確たる証拠はなかったそうだが、その当時のロバートの精神状態を考えるとその可能性は十分あった。それに彼には在職中からいろいろと疑惑が持ち上がっていた。それらをすべて尻拭いしたのはジョージだったようだからな」

だが、クレイグはジョージの異母弟に対する徹底した処遇を見て、彼ら兄弟の間に仕事上だけではなくそれ以外にも何某かの確執があったのではないかと感じたそうだ。
それが何であるかは分からなかったが、人並み以上に忍耐力と寛容さを持つジョージをもってしても払拭しきれないくらい、かなり根深いものであることには違いないように思えた。
ただ、ジョージが身内に対しても容赦なく大鉈を振るったのを見たのはそれが初めてのことではない。
彼が30年近くの長きにわたってグループのトップに君臨できたのは、ひとえに非情なまでの冷徹な決断力によるところが大きいのだ。

「でも、それとサンドラとが、どうつながるのよ?」
悠莉の問いに、クレイグは自分と距離を置いて佇む老女を見つめる。
「息子が不正に加担していることに気付いたあなたは、隠ぺい工作を図る一方で彼を本国に呼び戻そうとした。もうしばらく弟にアジア方面を任せるつもりだったジョージは難色を示したし、ロバート自身もまだ本社に戻って来るつもりはなかったらしい。まぁもっとも、彼には戻るに戻れない事情もあったことだしね」
もしもその時ロバートが日本支社に留まっていたならば、多額の使途不明金の発覚はもっと遅れていたに違いない。
しかしジョージは結局継母に泣きつかれるままに弟をこちらに戻すことを決め、新たに自分の腹心を支社へと送り込んだ。
有能な部下は赴任するとたちまち巧みに隠された不正に気付きそれを告発、すぐさま支社には臨時の監査が入る。
「あなたは息子をそこから上手く遠ざけたつもりだったのかもしれないが、皮肉なことに回りまわってそれがロバートのビジネスマン生命を絶つことに繋がった。もちろん、早かれ遅かれ彼はその報いを受けることになっただろうが、母親のごり押しがそれを早めてしまったんだ」
背任と隠ぺいの責任を問われ、総帥である兄から無期限の謹慎処分を言い渡されたロバートの生活は荒れ、母親も彼の無軌道な行いを正すことはできなかった。
そしてその後、監査の完了を待つことなく、ロバートは「事故死」した。

「息子のためを思ってしたことが、彼を死に急がせた。いくら責任をジョージや他の者たちに転嫁しようとしても、結局彼の将来を摘み取ったのはあなた自身だ。違いますか?」
表情をこわばらせたダグラスと蒼白で身じろぎもしないサンドラを交互に見ながら、クレイグは抱いていた悠莉の肩を引き寄せる。そしてそのまま踵を返すとドアを塞いでいたボディーガード達に囲まれるようにしてその部屋を後にしたのだった。



「ねぇ」
「ん?」
「全部聞いていたんでしょう?さっきのやり取り」
「ああ」
動き出す車の窓の外を流れ始める風景を見ながら、悠莉は隣に座るクレイグを見る。彼はすでにケースから取り出した次の会議の資料に目を通し始めていた。
「越智さんがここに着いてきた時点で、多分あなたには筒抜けだとは思っていたけど」
「盗聴器は君の所持品に仕掛けられていた。踏み込むタイミングを計るためにね」
それを聞いた彼女は嫌そうな顔しながら顔を背ける。
「まったく、プライバシーも何もあったもんじゃないわね」
「心配しなくても平時はこんなことはしない。必要があるときだけだ」
「そう、それを聞いて安心したわ。いびきやトイレの水を流す音まで聞かれていると思うと気が休まらないから」
悠莉が素っ気なくそう切返すと書類に目を落としたままクレイグが忍び笑いを漏らす。
「ところで、ジョージは……どこまで真実を知っていたのかしら?」
その問いかけに、クレイグは今度は手にしていた書類を膝に置くと、視線を上げて彼女の方を見た。
「彼は、知っていたのかしら。もしかしたら私が……自分の子供ではないかもしれないということを」




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