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True Colors  35


「一体何の話かしら」
サンドラは顔を引き攣らせつつも平静を装っているようだ。それを見た悠莉はふんと鼻を鳴らして片方の口角を上げると、歪な笑いを見せた。
「ま、やったことをすんなり認めるとは思っていないけど。あんたも姑息よね。息子のしでかした不始末を赤の他人のせいにして、自分は口を拭って今まで涼しい顔で生きてきたんだから」

莉紗子は最後まで自分からその男の名前を明かすことはなかった。
母の日記にあるのはそれまでの経過と自身の迷いの文言だけだ。
だから長い間、なぜ彼女の母親は世間に子供の存在を伏せ、自らも身を隠さなければならなかったのかという根本的な疑問の答えを見いだせずにいた。それが解決したのは、こちらに来てクレイグたちの話を聞いてからだ。

クレイグの話では、ロバートはグループの日本法人の資産を勝手に使い、先物等に投資していただけでなく、その金を個人の遊興費などにも流用していた。
彼とて資産家の息子。その気になれば個人資産はかなりあったはずだが、それらを簡単に動かせない理由があった。
それが彼の母親、サンドラの存在だ。
息子の資産の動きに目を光らせていた彼女は、事細かに内容をチェックし、何かとクレームをつけてくる。そのせいで陰では母親に財布のひもを握られているのと同じだと揶揄されていたそうだ。
ロバートの死後、日本支社内の監査で莫大な使途不明金が発生していたことが発覚した。その際の調査で彼だけでなく現地の女性社員の関与が疑われたが、どういうわけかその件は秘密裏に処理され、表沙汰にされなかった。
しかしそのこともあって支社は一時閉鎖に追い込まれ、後にビンガムグループの一現地法人として再形成されることになる。
本社から直接指示でなされた補てんは恐らくはジョージが一族の不始末が明るみに出るのを嫌がったためだろうとクレイグは言っていたが、悠莉はそれとは違うところに彼の行動の理由を見出していた。
それは「関与した現在行方不明の女性社員」というのが実は莉紗子ではなかったかと思い当る節があったからだ。

最初にジョージが父親だと知った時、悠莉はなぜ母は父親と思しき人物と連絡を取り、保護を求めなかったのかという疑問を抱いた。
彼は悠莉を厭うことなく、むしろ彼女のことを長い間探していたと聞かされたので尚更だ。
騒動の渦中にあった間は無理としても、彼女が生まれてから5、6年もの時間があったにも拘わらず、莉紗子は不自然なほど沈黙を守り続けていた。
だが、クレイグにその時のことの顛末を聞かされた悠莉は、ある確信に近いものを感じた。それは母が連絡を取らなかったのではなく、取れないように仕向けられていたのではないかということだ。
「まさかあんたたちが親子で他人に横領の罪をなすりつけていたなんてね。重役とその母親で前総帥夫人がグルとなりゃ、そりゃどう頑張っても一介のOLでは太刀打ちできないわよ」

思えば、ロバートが帰国した隙に母が彼の元から逃げ出すことに成功したというのも誰かの手引きがあったからだろう。理由を知らない外部の人間では自分が女性を軟禁していたことを知られる危険性がある以上、莉紗子の側に簡単に近づけなかっただろう。かといって一族の中の者では我が身に火の粉が降りかかるのも顧みず尻拭いを買って出てくれるような者はなかなかいないのではないか。
そう考えると、立場上もっともそれが可能な存在と考えられるのは、彼の母親であるサンドラだ。
期待をかけていた自分の息子の不始末を見過ごせなかった彼女は、莉紗子を解放し、身を隠すよう言い渡した。その後、ロバートの犯した失態をすべて失踪した彼女に押し付けたのだとしたら、サンドラが莉紗子の命を奪うことなく無条件で野に放った理由も頷ける。
それはサンドラにとって莉紗子を亡きものにするよりも、当分は生きたまま罪を負わせ泳がせておく方が都合がよかったからだ。
ジョージの恋人にして日本支社の元社員。そして多額の金を持ったまま突然失踪した若い女。
責任の所在を明確にしないまま世間の目を欺く囮に使うには、彼女の身分や立場は持ってこいだ。

その後、何度かジョージにコンタクトを取ろうとした莉紗子が身の危険を感じたとしたら、彼女が実家とさえ音信不通になった理由も納得がいく。自分が立ち寄りそうな場所には予め網を張り、行方を追われていることを察知した彼女は、敢えてその危険を冒すことはしなかったのではないか。そしてひたすらジョージに連絡を取る機会をうかがいつつ、都会の中を逃げ続けた。
だから何度も住処を移ったことが悠莉の幼い頃のおぼろげな記憶の中に残っているのかもしれない。

「それはあなたの勝手な想像でしょう」
「そうかもね。でもかなり核心を突いていると思うんだけど。認めたくなければ認めなくてもいいわ。あんたの同意なんていらないから。必要なのは……」
そう彼女が本当に欲しかったのはある疑問の答え。
それが知りたくて、悠莉はここにいるのだ。

その時、続き部屋との境のドアの向こう側から俄かに慌ただしい気配が聞こえてきた。
「何だ?」
ダグラスは立ち上がるとそちらに向かって歩いていく。
そして彼が開けたドアのその向こうに立つ人物の姿を見た悠莉は、驚いた顔をした。そこにいたのは……
「クレイグ?何で、こんなところにいるのよ?」




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