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True Colors  31


ビンガム家の筆頭家老殿が直々にお出ましとは、驚きだ。
「ぽっと出の庶子ごときの相手に、ご丁寧なことで」
越智が差回した車に乗り込んだ悠莉は、誰に言うともなくぼそりと呟いた。

ダグラス・ケンドリック。
由緒正しきイギリス貴族の末裔にして、ビンガムの傍系筋の生まれで、先々代当主の義弟にあたる人物だ。もっと言えば、あのサンドラの実弟でもある。
手段を選ばぬ強引な手法を用いてビンガムグループの事業を拡大し、自身も膨大な富を手中に収めた野心家だ。
若い頃から品行には若干の問題があったものの、先々代の後妻に入った彼の姉、サンドラの後押しもあって、グループ内でもかなり広範囲の事業を任されていた。
彼と反目していた同世代の義理の甥、ジョージに実権を握られてからは主だった要職を外され、グループの表舞台から姿を消したというが、それでも今なおサンドラが君臨する一族の中では発言力を維持しており、ジョージの死後に自らの復権を狙うのではないかとクレイグが警戒している相手でもあった。

しかし、まさかこんな風に直接アプローチしてくるとは思わなかったわね。

いずれは何だかの形であちらからの接触があるだろうと予測はしていた。ただ、彼女が考えていたのとは異なるルートを辿っただけだ。
指示されたオフィスのあるビルに横付けされた車から、悠莉とボディガードたちが降りる。そこにはすでに到着していた越智が待っていた。
「あら、早かったのね」
「ここからだと、私の方が近くにおりましたからね」
「こんなことにつき合わせてしまって、悪いことをしちゃったわね。私一人でも平気だったんだけど」
「そうわけには参りません。それにこれが私の仕事ですから、お気遣いなく」
越智と合流し、一行は電話の指示通りにビルの裏口から中へと入って行く。
乗り込んだエレベーターがフロアにつくと、ホールでスーツ姿の男に出迎えられた。
「ミセス・バートンでいらっしゃいますね。お待ちしておりました」
「どうも」
通されたのは外観の古さからは想像できない豪奢で近代的なオフィスだった。
奥にある応接と思われる個室に入る悠莉と離れて、ボディガードと越智はその場に待機するよう男から言われる。
「それは承服しかねます」
彼女を一人にすることに越智は難色を示したが、それを宥めたのは他ならぬ悠莉自身だった。
「大丈夫よ。奥はこの部屋とは続きになっているみたいだから、何かあればすぐにあなたたちを呼ぶわ。もちろん、そちらも中にいる人間は最小限にしてあるんでしょうね?」
男に視線をやると、彼は「もちろん」と頷いた。
「ですが……」
「私もちょっと込み入った話がしたいから、できればあまり他の人には聞かれたくないの。短時間で済ませるから、ここで待っていてくれる?」
彼女のはっきりとした意思表示に、渋々ながらも越智は従うことにしたようだ。だが彼は悠莉の側に寄ると、前に立つボディガードたちの影に入り、周囲に分からないように彼女の手に何かを握らせた。ちらりと見たそれは、俗にいうところの小型のスタンガンというもののようだ。
「私こんなもの使ったことがないけど」
それどころか現物を見るのも初めてのものに触って戸惑いながら、念のために日本語でこっそり彼に話しかける。
「ここを押さえてグリップを強く握れば電流が流れるようになっています」
越智も日本語でそう返す。
「でも、相手が銃を持っていたらこんなものではあんまり意味がないように思うけど」
「お守りですよ。私たちが飛び込むまでの時間稼ぎができればそれでいいんですから」
「分かったわ。でも、咄嗟の機転はあんまり期待しないでね」
悠莉はそう言うと、さりげなく上着のポケットにそれをしまい、男の方に向き直った。
「それじゃ、案内していただきましょうか」



奥にある部屋は外に面した部分の窓が大きく取られていて、思っていた以上に明るかった。
部屋の広さは、目測だが、恐らく6畳間2室分くらいではないかという感じだ。
壁には数枚の絵画が飾られ、窓際には等身大の彫像が置かれている。あとは観葉植物が数鉢あるだけで、外側にあった部屋の近代的な造りに比べると簡素だが重厚で落ち着いた雰囲気の室内装飾になっている。
その中央に置かれた応接セットに座り一人待つ間、悠莉はこのオフィスの主が出て来るであろう正面のドアを凝視していた。

まぁ、多分付録も一緒についてくるわよねぇ。

実は彼女はその「付録」の方に用がある。だから興味のない「呼び出し」に応じたといっても過言ではない。
この誘いは彼女にとっても渡りに船だった。
もし仮に、こちらから今日の相手と接触を持とうとすれば、それはたちまちクレイグの知るところになるだろう。そうなれば自分も同席すると言い出すに違いない。
下手をすれば彼女の身の安全を考えて、差し向かいで話をさせることさえ止めらえる可能性もあるのだ。
相手側にしてみても、悠莉を殺してしまえばわが身に降りかかる火の粉を払うことができなくなるのは重々承知のはずで、万が一にもそんな真似はしないとは思うが、激情に駆られればその保証はない。
不本意ではあっても今の自分の存在が「後継」というキーワードによって、ビンガムの現体制づくりの一端を担っていることは動かしがたい事実だ。それを揺るがす懸念は少しでも失くしておきたいというのがクレイグの偽らざる気持ちだろう。彼の思考はビンガムという家と企業を中心に回っているのでそれも仕方がないことではある。

しかし、悠莉が本当に知りたかった答えがここで引き出される可能性が高い。
彼女はそれを知るためにこの国に渡り、今なお留まっているといっても過言ではない。
二十数年もの間、母と自分が翻弄され続けた脅威の本質。その正体を是が非でも白日の下に晒したいと思ったのだ。


出されたコーヒーには一切手をつけない。それはここに来る前に越智から厳重注意をされたことだ。
「まさか、毒が入っているということはいないと思いますが、念のためです」
一服盛るなんて、随分古典的で過激だとは思うが、この家の中枢に携わる者はそれくらい用心して当たり前なのだと、彼は真顔で告げた。
邪魔者はどんな手段を用いてでも排除する。そうすることで、今の富と名誉を築き上げてきたのがビンガムという一族なのだと言われるとその指示には従うしかない。

自分が入って来たのとは別の、真正面にあるドアの向こうに人の気配がする。
悠莉は組んでいた足を解き、座ったままやや前かがみになってその動きを伺っていた。
扉は音もなく静かに、だが重々しく開いた。そしてその向こうから姿を現したのは、老年に入りかけたくらいの男性が一人と、そして……ビンゴ!

「サンドラ、やはりあなたも一緒だったのね」

彼女の天敵、ジョージの継母であるサンドラその人だった。




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