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True Colors  29


「結果が出たの?」
体ごとそちらに向いた悠莉は、彼と視線を合わせて対峙する。そのタイミングでクレイグが一歩間合いを詰めてきた。
「ああ。その前に、帰宅した夫にお帰りのキスはなしか?」
性質の悪い笑みをたたえた顔で詰め寄ってくる男に、悠莉は軽く膝蹴りを食らわす。
「それ以上顔を近づけたら、次は容赦なく大事な場所を狙うから」
「それは勘弁してほしいものだな。使い物にならなくなったら困る」
「手加減はしないわよ」
親指を舌に向けながらはっきりそう言い放った妻に、やれやれと両手を上げて降参のポーズをとる。
「つれないな」
「本当にね」
おざなりに相槌を打ちながら、そんなことは微塵も考えていないと分かる冷たい目で自分を見る悠莉に、彼も苦笑いするしかない。
「で、鑑定の結果だが、予想通りだった。君は99%以上の確率でジョージの子供に間違いない」
「……そう」
それは自分にとって想定内のことだ。無論彼にとっても「当然」の結果だろう。
「あとそれから……」
クレイグは指先で、短くなった悠莉の髪の毛を掬うようにして摘まんだ。
「君が依頼していた別の件だが……」
「そっちも結果が出たのね」
悠莉はさりげなく彼の手を避けると、ほんの少し後ろに下がった。髪を弄ばれるという行為に親密さを覚え、何となく落ち着かなかったからだ。
「先に一つ訊きたいんだが、あの毛髪は一体どこから出に入れたんだ?」
「どこからって言っても……何か不審なことでもあった?」

ハネムーン前に立ち寄った施設で、彼女は職員にある質問をしていた。それは、時間が経過した毛髪も検体として使用、鑑定できるかということだった。
年数や保存されていた環境により劣化が著しい場合は不可能な場合もあるが、かなりの確率で鑑定は可能という返事をもらった悠莉は、後日、追加である検体の鑑定を依頼していた。
「あの髪の毛は母の、莉紗子の遺品から出て来たのよ」
日記帳に挟まれ、水分が抜けたようになった2本の髪の毛。
見つけた時には一瞬、母親自身か悠莉の髪かと思った。だが、その色は黒ではなく、長さもかなり短い。それに良く見れば、彼女の地毛とは微妙に色の違いがあるように思えた。
何より亡き母が、わざわざ自分や娘の髪を日記に挟むような理由が見つからなかった。
母にとって、この髪の毛は何某かの意味がを持つものだったのだろう。しかし悠莉にはこれが誰のもので、どんな理由で母がそんなことをしたのかは皆目検討がつかなかった。

「鑑定の結果だ……と言っても解説した方がいいのかな」
以前より少しはマシになったものの、今でも彼女は英文を読むのが苦手だ。発音すれば分かることでもアルファベットを羅列されると思わず目が泳いでしまう。
「……頼むわ」
こういう時は彼に頼るこしかない。忌々しいと思いながららも一旦手渡された書類を彼の方に戻した。
「まず最初に、この毛髪は君たち母子のものではない。持ち主の性別は男性だ」
「やっぱり男の人の」
ちらりとそちらを見ながら、彼女の独り言を聞き流したクレイグは、書類に目を戻した。
「幾つかの項目で測定不能というものもある。大まかなところで分かったことは、まぁこんな感じだ」
書類に記載された事項をざっと読み聞かせると、彼は最後に鑑定の結果を伝える。
「君はこの髪が君の父親の、ジョージのものではないかと疑っていたようだが、別人のものだったよ」
母が日記に挟んで保管していた毛髪だ。失くさないようにと彼女が考え、敢えてそうしたのならば、もしかしたらこの髪はジョージの……父親のものではないかと悠莉は思っていた。だからこの髪の鑑定を、はっきりとジョージの検体と分かるものと共に依頼したのだ。
「そう……」
ならばこれは一体誰のもので、母はどういった理由からこんなものを取っておいたのだろう、という疑問が残る。

「ただし、鑑定過程で興味深いデータが出た」
「興味深いデータ?」
「そう。それがこっちの報告書だ」
彼はもう1通の新たな書類を取り出すとそれを捲った。
「この髪の毛はジョージ本人のものではない。だが、ジョージに血縁のある者の毛髪であることが確認できた」
「血縁?つまりは彼の親族の誰かってこと?」
そうなれば、母親はジョージ以外にも誰か他のビンガム家の人間とも親しくしていた可能性が出てくる。髪の毛を抜きとれる、もしくは拾えるような関係となると、ただの偶然では説明に無理があるということくらい、誰にだって分かる。
「それも、この髪の持ち主は、ジョージにかなり近しい親族、近親者だった」
「だった?」
彼のまるで断定できなという口ぶりに、悠莉は怪訝そうな顔をした。
「もしかして……誰のものかってことまで分かったの?」
クレイグは頷いた。
「ジョージの検体だけではそこまではわからなかったかもしれないが、君自身の検体なども検討材料に加えて総合的に出した結論では、これは彼の兄弟のものである可能性が高いということだ」
「ジョージの兄弟?」

ジョージ・ビンガムにはかつて3人の兄弟がいた。
母親を同じくする姉と弟、そして異母兄弟である弟が一人。
他家に嫁いだ姉はジョージに先んじて他界しており、同母の弟は十代初めの若さで早世した。継母であるサンドラが産んだ年の離れた弟も、ジョージがビンガムの実権を引き継ぐ直前、まだ二十代で亡くなっていたはずだ。
毛髪が男性のものであるならば、ジョージの姉という線は消える。また、同母の弟も、莉紗子が生まれる前に亡くなっているようなので、彼女との接点はないはずだ。
となれば、消去法でも可能性が残るのはジョージの末弟しかない。
「サンドラの息子?」
「結論から言うと、その通り。この毛髪の持ち主は恐らくロバートで間違いないだろう」
「ロバートってジョージの異母弟?ってことはあのクソババァの息子なのよね?」
本心から嫌そうな顔をする悠莉を見たクレイグが苦笑いする。
「可能性としてはそれしかないだろうな」
「先々代の隠し子とか?」
「考えられなくはないがなぁ。少なくとも今のところはジョージに他に兄弟がいたという話は聞いたことがないが」
「もしサンドラから何かサンプルになるようなものが取れれば、確認できるわよね?」
「ロバートはサンドラの実子だからな。他にジョージと父親と同じくし、サンドラを母親にする子供はいないはずだ」
「そう……」
しかしあの老女から検体になるようなものを入手するのはかなり困難なことに思えた。何せ悠莉は彼女に嫌われているし、自分自身もできることならサンドラとは顔を合わせたくない。それに下手にそのことがバレでもしたら、何を言われるか分かったものではないだろう。

しかしなぜ、母親がそんなものを持っていたのか。また一体どこでそれを手に入れたのか。
毛髪の持ち主が判明したところで謎は深まるばかりだ。
「まさか……ね」
残された手がかりは、母が日記にしたためた内容だけだが、それだってどこまで本当かは分からない以上安易に口にするべきではない。
「ユーリ?」
「いいわ。もうこの件はこれで終わりにするから。別にどうしてもこれが誰のものかを確定させないと困るという話ではないし」
「だが、どうしてそんなものが君たちの手にあるのかという疑問が残る」
「それが何か今に影響を及ぼすってわけじゃないし、考えるだけ無駄なんじゃない?」
「だが」
「もう終わりよ。お願い、この件は忘れて」
そう言い残すと悠莉はまだ釈然としない顔のクレイグを残し、自室を後にした。
ここから先、何か探るにしてもこれは彼女の問題であって、クレイグには関係ないことだ。
果たして母親の残した日記の真相を自分が明らかにすることができるのか。
それは彼女自身にも分からなかった。




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