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True Colors  28


クレイグをサロンに残したまま、悠莉は迎えの車で屋敷に戻った。
恐らく彼は一人でパーティーに出るつもりなのだろう。それとも土壇場でキャンセルするのだろうか。
「まぁいいわ。私には関係ないことだし」
そんなことを独り言ちながら自室の鏡の前で前髪をかき上げた悠莉は、今さらながらため息をつく。
「しかしこの髪、どうしようか?」
勢いに任せてばっさりと、あまりにも不揃いな長さに切ってしまった髪をどうにかして揃えなければならない。屋敷で彼女を出迎えた、平素はあまり物事に動じない家政婦が彼女を一目見て愕然とした顔をしたくらいだから、他人からすればかなり異常な見た目になっていることは間違いない。今は何とか立ち直り、部屋続きの浴室で入浴の準備をしてくれている家政婦の動きを横目に見つつ、こうして改めて自分を鏡に写すと確かに酷い有様だった。

「奥様」
少し開いていたドアの向こうからノックと同時に呼びかけられる。
「クラウディア様がお見えになられましたが、お通ししても構いませんでしょうか」
いつもならすぐにこちらに入ってもらう相手だが、出迎えたメイドもさすがにこの状況では念のためにお伺いを立てるしかなかったのだろう。
義母も自分を見てショックを受けなければよいのだけれど。
「いいわ。入っていただいて」
彼女の私室に来た義母は、驚いた顔をしたものの、存外冷静に悠莉の頭をつらつらと眺めている。
「まぁ、本当に見事にやってしまったのね」
クラウディアはそう言うと、悠莉の背後に回り込んで長さがばらばらの髪をまじまじと見つめる。
「クレイグから聞いてはいたんだけど、まさかここまでとはねぇ」
「は?」
「いえね、あの子から連絡があったのよ。あなたの様子を見て来てほしいって」
どうやらクラウディアは息子の求めに応じて彼女の元を訪れたらしい。
「はぁ、しかしこれだとちょっと素人の手には余るわね」
まっすぐに揃えるくらいではどうにもならないわという義母の呆れたような呟きが聞こえる。
「少し待っていて頂戴」
クラウディアはそう言い置くと悠莉の私室を出て行ってしまった。
「もう。余計なことをしてくれて」
あまり他人に見られたくない姿なのに、などと思うと、ついここにいないクレイグに文句の一つも言いたくなるというものだろう。

それから30分ほどが過ぎた。
クラウディアがどこかに行ってしまったし、その間に入浴の準備が整ったと家政婦から告げられた彼女は、さて髪の毛をどうしたものかと思案する。
ちょうどその時、クラウディアが再び室内へと戻ってきた。
「お待たせ」
入って来た彼女は、後ろに見たことのない女性を伴っていた。
「まぁ、これはすごいですわね」
年齢不詳の容貌に、黒いパンツと派手な原色のシャツを着こなした女性は、つかつかと悠莉の側に歩み寄ると、彼女の髪の毛を後ろ側にまとめて流した。
「あの、この方は?」
前置きなしに首回りを触られた彼女は警戒のあまり一歩身を引いた。
「ああ、ごめんなさい。彼女の名前はエリン。私の古い友人で、今は引退してしまったけれど、ずっと行きつけのサロンのオーナーだったのよ」
「初めまして、ミズ・ユーリ。クラウディアからいろいろと話はうかがっているわ」
簡単な自己紹介を済ませると、彼女はすぐに側にいた家政婦に必要なものが揃うかどうかを聞いてきた。
「何かシートみたいなものと背もたれのないスツール、お化粧ケープもあれば欲しいのだけれど。それから大きめなタオル数枚も」
有能な家政婦がすぐにそれらを調達してきたのを見たエリンは悠莉を引っ立てて浴室へと連れ込んだ。
「このまま仰向けになるのは大変だから、ちょっと俯いていてね」
すでに乾いてしまった髪を再び湿らせ、タオルで押さえると、真っ直ぐ前を向かせた悠莉の毛髪の流れに沿って綺麗に梳く。手際よく形を整えながら、彼女は心底呆れたような声で悪態をついている。
「もう、本当に無茶苦茶しちゃったのねぇ。長さといい、カットのラインといい、見事にばらばら。芝刈り機で刈ったってこんなにひどくはならないわよ」
一旦まとまったところで、彼女はどこかから取り出してきたハサミを手に、悠莉の髪を少しずつ切りそろえ始めた。
「ここが一番短いからそれに合わせて長さは一応顎の下あたり、ショートボブにしておくわね」
毛先を少し梳いて前髪を増やし、何とかバランスを取って行く。そうすると今までにない、明るい髪色に良く合う軽い感じに仕上がった。
「でも、本当にもったいないわね。あの長かった髪をこんなに短くしてしまうなんて」
後ろで眺めていたクラウディアが、そんなことをしみじみと言うのが聞こえる。
「また少し時間を置いて元のように染めるつもりなので、この方が楽かもしれないですよ」
「えっ?また黒くしてしまうの?」
「この色がよくお似合いですのに」
義理の母と押しの強そうな美容師の二人から同時に言われて、悠莉は苦笑いするしかなかった。
「これだと落ち着かないんですよ。長いこと黒くしていたから」
「そぉ?綺麗な色だと思うけれど」
「これに一房メッシュを入れるとまた印象が変わるわよ」
「そうね、それもいいかもしれないわね」
最後に顔の側あたりの髪を少しふんわりとさせたのを見たクラウディアから手鏡を渡され、仕上がりを確かめる。
「……何かワカメちゃんみたいだ」
後ろでまだいろいろと話してる二人に聞こえないように呟く。こんなに髪を短くしたことは一度もなかった。祖父に髪を染められた時でさえ、肩の上あたりまでの長さはあったはずだ。露わになった首筋が気持ち寒く思える。
「でもこうしてみるとあなたは間違いなくビンガム家の人間よ。本当にジョージに良く似ているわ。そうね、若い時の彼の方がもう少し髪の色が薄かったかしら」
悠莉が会った時、既にジョージ・ビンガムは病に伏していたせいもあってか、かなり髪の毛が白く薄くなっていたので色までは良く分からなかった。ただ、瞳の色は自分とよく似た薄茶色とグリーンが混じったものだったことは記憶している。
「彼女の地毛の色は同じハシバミでも少し濃いですよ」
突然戸口から聞こえた声に、室内にいた三人は一斉にそちらを振り返った。
「クレイグ!」
「あら、ハンサムボーイ、久しぶりね」
「……」
テンション高く歓迎する声色の中で、悠莉は一人不機嫌そうに顔を顰めた。
「帰りました」
彼の視線が自分を捉えているのは分かったが、彼女は敢えてそれに気づかないふりをする。
今日の彼の企みに対する意趣返しのつもりだった。
「ユーリ」
「……」
明後日の方向を向いたまま、夫の方を見ようともしない悠莉の様子に、クラウディアたちが訝しげな目を向ける。
「母さん、悪いけど、ちょっと彼女と二人にしてくれないか」
「ええ、いいわよ。もう用事は終わったから。ユーリも、もしよかったら後でいらっしゃい」
悠莉が頷いたのを見たクラウディアは、家政婦にお茶の用意を頼むと客人を連れて部屋を出て行った。
「ユーリ、こっちを向けよ」
クレイグに肩を掴まれた彼女は、さっとその手を振り払った。
「話があるんだ」
「……何?」
さも嫌そうに彼を見た悠莉に、クレイグが苦笑いする。
「DNA鑑定の結果が出た。それを君に知らせておこうと思ってね」




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