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True Colors  25


島に入って5日目になり、ようやく修復された船着き場に定期船が入るようになった。
空港の方も急ピッチで復旧が進み、あと数日もあれば使用可能になるということだ。何分にも島内にある数少ない重機が道路や建物の修理解体に優先的に使われたせいで空港の滑走路は後回しとなった。
最終的に、悠莉たちは船で島を離れることを決断した。
ホテルのヘリポートが使用可能な状態だったので、そちらを使うこともできたのだが、往路にビンガムグループからの援助物資を運んでくれば、それだけ島内の物流状況がよくなるというクレイグの発案があったからだ。
チャーター船で本土まで行き、そこから飛行機で帰国するという手筈が整い、その日の午後には悠莉たちは船上の人となった。

二人が途中で予定を切り上げたのは、サイクロン被害の後片付けで観光どころではなくなったせいもあるが、もう一つ、クレイグの元にある報告が入ったからでもあった。
「乗っ取り?」
固定されたパイプ椅子に腰掛けた悠莉は、訝しげな顔で彼を見た。
ここは島から本土に渡る船の中。
チャーター船とはいえ、地元の普段は人たちが交通手段として使っている古いタイプの輸送船で、結構年季が入っている代物だった。
船室も、普段クレイグが船上パーティに使うようなクルーザーや豪華客船とは違いかなり簡素で、船底にコンテナを積みこめる貨物船のような造りになっている。

「ああ。急激に株価が動いて、短期間に大量に売買されている。親族が保有しているものと一般投資家向けのもの、どちらも同じような動きがあるようだ。それも軒並み君がそれを引き継いだ会社のものばかり。誰かが組織的に買い付けているとしか思えない」
「それで?」
「株価の変動を抑えるよう指示をした。時間を稼いでいる間に買い付けた人間の資金の出所を探らせる。金持ちが道楽でするマネーゲームで準備できるようなレベルの金額じゃないからね」
悠莉には聞いてもちんぷんかんぷんの話だが、クレイグには大事なことのようだ。
「そうされると、あなたが何か困るわけ?」
彼女の言葉に、クレイグがにやりと笑う。
「直接的にはほとんど影響はない。だが、黒幕を炙り出すには良い機会だ」

いくら可愛い一人娘とはいえ、経営に関してはズブの素人である彼女にいきなり大きな権限を持たせるほどジョージも愚鈍ではなかった。相続後、彼女の懐に一定の利益が入る仕組みにはしてあるが、重要事項の決裁権のほとんどはクレイグか、もしくはジョージの腹心の部下であった他の重役が肩代わりする算段になっている。
ただ、書類上は悠莉がオーナーとなるので、対外的には「彼女の会社」で何か良からぬことが起こっているという印象を持たれるのだ。それが連鎖反応を引き起こし、大量の株を放出させるという動きを煽る輩がいるのは間違いない。
「任せるわ。そのあたりのことは、私には分からないから」

それと、彼女には言わなかったが他にも理由がある。
現在クレイグは表向き、ジョージの死去でストップしていた希少鉱石の開発プロジェクトのために東南アジアに滞在していることになっている。その留守中を狙うかのように、悠莉の住む邸宅周辺に不審な動きがあった。それらを一斉に排除したという報告があったので、連れて帰っても安心だと判断したのだ。
また時間を置いて同じようなことが起こる可能性は捨てきれないが、彼にはそれまでに敵対する勢力を殲滅させる自信がある。そうなればその時には内部の造反者も併せて排除してしまうという目論みなのだ。

黒幕に心当たりがないといえば嘘になる。
ジョージが生きている間には表面化しなかったが、ビンガムの内部にはかなり古くから、そう言った素地が隠されている。
サンドラのように、気分次第でヒステリックに騒ぎ立てる輩は根が単純な分だけまだあしらいやすい。表に出て来ないのに巧妙な工作をするだけの頭脳と力を持つ者の方がよほど扱いが面倒だ。
特に一族の中でも注意が必要なのは、ビンガムの傍系で、顧問弁護士のハンター・スチュアートの叔父にあたるダグラス。そしてジョージの従兄弟にあたるバイロンだろう。
この二人にはどちらもグループを率いるのに値するだけ血統があり、かなりの経営手腕を持っていて、しかも野心家。そして何より金と名誉に対する執着が凄まじく強い。
生前のジョージが巧く排除していたことで勢いを削がれていた彼らが、これを機に巻き返しを図って来ることは必至だ。
今のクレイグの力を持ってすれば、すぐにでも二人を退けることは可能だ。だが、彼らの後ろにはビンガム一族という旧態然とした勢力が存在し、潜在的に経営陣に圧力をかけ続けている。
さすがのクレイグも一族すべてを敵に回しては旗色が悪くなる。
彼としては、この二人は「潰す」のではなく「飼殺す」方が得策だった。
しかし、もしも彼らが裏で糸を引いていることが確認され、これ以上悠莉の身辺に危険が及ぶのであれば、その懐柔策にも再考の必要性が出てくる。



本土側の空港に待機させていたビジネスジェットに乗り込むと、悠莉とクレイグは帰国の途に就いた。
途中、クレイグの所用でシンガポールに立ち寄った彼らは、そこでも一泊し、そのままアメリカへと向かう。
「ねぇ、ここまで来たら日本を経由できないの?」
「無理だ」
即答するクレイグに腹立ちを覚えながら、悠莉はそれでも言い募る。
「何でよ?一週間って話だったんだから、時間があるなら一日くらい寄り道したって構わないでしょうに」
彼は読んでいた書類から目を上げると、自分の側で腕組みしながら仁王立ちする悠莉を一瞥した。
「フライトプランでそうなっていないし、大体飛行機は車と違っていつでもどこでも、好きな場所に飛んで行ってすぐに停められるってものではない。国外から入るのなら尚更だ」
「ケチ」
「何とでも。ところで、何で急にそんなことを言い出したんだ?」
「別に。こっちにもいろいろと都合があるのよ」
そう言いながら、悠莉は頭の中である数字をカウントし始める。そんな彼女を気に留める様子もなく、クレイグはすぐに書類に目を落とした。
「仕方がない。こっちで調達するしかないか……」
悠莉はため息をつきながら額にかかる髪の毛を弄ぶ。
いつまでこんなことを続けるのだろうという、自分への嘲りの気持ちに苛立ちながら。




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