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True Colors  19


「言いたいことがあるなら遠慮なくどうぞ」
悠莉のふてぶてしいとさえ思える態度に、さすがのレディたちにも少し警戒の色が見える。
「ならば単刀直入に言うわ。クレイグはあなたのことなど何とも思っていないわよ」
その中の一人、ひときわグラマラスでゴージャスなブロンドの美女が彼女の前に進み出た。
「彼があなたと結婚したのは……まぁ会社のために仕方なくそういう決断をしたのでしょうけど、何かあなたが勘違いしているのではないかと思って」
一目見て男好きのしそうな、蠱惑的な容姿の女性は、唇を舐めながらそう言うと首を傾げて悠莉の方を一瞥した。

うわー、横も縦もでかっ。

踵のある靴を履いているのに、彼女は悠莉の身長を軽く20センチは超えていそうだ。恐らく180センチ以上、もしかしたら190センチに近いかもしれない。
その長身につく体の曲線はピンナップガールのような肉感的な体つきではあるが、日本人から見ると少々ボリュームがあり過ぎる感がある。
下手な男なら、上から乗られたら潰されるのではないかというかという……まぁ言い換えれば、自分が太っても絶対にこういうラインにはなれないだろうといった類のグラマーさだ。
しかしこの人の胸、本物なんだろうか、もしかしたらシリコン?触ってみたいわね。
悠莉は喧嘩を吹っかけられているような状況にもかかわらず、そんな見当違いなことを考えていた。
「どうかなさったの?」
黙り込んだ悠莉の様子を怖気づいたと勘違いしたのか、女性は勝ち誇ったような顔でこちらを覗き込んできた。
そこで彼女はやっと自分が置かれた状況に立ち返る。そしてぼんやりしていると本当にこのまま形勢不利に持ち込まれそうだと気を引き締めて、反撃の機をうかがう。
その間にも側にいた、これまた派手な顔つきの女性たちが一斉に頷いていた。
どうやら夫となった男は、性格や中身の程度はさておき見た目には結構拘っていたらしい。皆それなりに派手目で美麗な女性ばかりだ。
「そうよね、それでなければ、クレイグがあなたみたいに平凡で貧相な女と一緒になるはずがないわよね」
「おまけにビンガムの前総帥の遺児とはいえ、私生児だっていうことだし」
「お金で夫を買うなんて、いいご身分ね」
それを聞いた悠莉は、くすくすと笑う女性たちに向かい、人悪くにやりと笑った。
「当たり前でしょう?金は掃いて捨てるほどあるんだから、有効に使わなきゃね。それで男を買って何が悪いのかしら?」
赤いルージュをひいた唇で、これ以上ないくらいにわざとらしく笑みを浮かべた悠莉は、そう言うとちらりと彼女たちを見遣った。
「悔しかったらあなた方もやってみれば?まぁ、皆さんにそれに見合うだけの財力があればの話だけれど。男を囲うのって結構物要りなのよ」
そういって口元に手を当て、高笑いする彼女を見て、囲んでいた女性たちだけでなく周囲も聞き耳を立て始めているのが分かる。
「だ、誰が男を買うなんて品のないことをするもんですか。あなたと一緒にしないでよ」
「でもあなたすごく物欲しげな顔をしていてよ?もしかして、男日照りなのかしら?」
言われた女性が怒りもあらわに真っ赤な顔で睨み付ける。
まさかの切返しに言葉を失った彼女を見て、悠莉はダメを押すように言い放つ。
「まぁ彼のことは諦めていただくしかないわね。ということで、その大きな胸が垂れないうちに他のお相手を探した方がよろしいのではなくて?それともお金をかけて美容整形で若作りを繰り返すのかしら?」
「要らぬお世話よ。あなたみたいな貧相な体なんてクレイグはすぐに飽きてしまうわよ。精々捨てられないように気を付けることね」
「あら、失礼。私は元から垂れて下がるほど豊満な胸をもっていないので、つい余計な心配をしてしまいましたわ。でもご忠告ありがとう、彼に飽きられないように頑張るわ。数合わせみたいに後ろに立っているだけのバックダンサーズの皆様もごきげんよう」
悠莉はそう言うとことさらに笑みを大きくして堂々とその場から歩み去ろうとする。
一部始終を見ていた周囲は悠莉が向きを変えるとさっと道を開け、彼女の進行方向には期せずして通路ができたようになった。
他の招待客は眉を顰めたり、ひぞひそ話をする者もいたが、総じて皆この状況を、そして知名度の全くない悠莉を今後どう扱うべきかを思案しているようだった。
その中でただ一人、肩を震わせて笑いを堪えている男がいた。
もちろん彼女の夫であり話題の主でもあったクレイグだ。
「勝負あったな」

数にものを言わせて暴言を吐いたものの、切返されて唖然としているクレイグの元恋人たちと、自分一人でそれを平然と受け止めただけでなく、あくまでも冷静に、彼女たちに三倍返し相当の嫌味を言い放った悠莉。
この小競り合いの勝者は明らかだ。


「何笑ってるのよ」
自分の方に向かって近づいて来た新妻が彼を見上げた。さきほどからの笑みを崩してはいないが、目が笑っていない。
「いや、さすがだなと思って」
「見ていたんなら何とかしなさいよ、まったく。性質の悪いジョークだわ」
傍目には新婚夫婦が仲睦まじく囁きを交わしているようにも見えるかもしれないが、実のところ雰囲気はかなり殺伐としている。
『まったくこれだから下半身がだらしがない男は困るのよ』
悠莉は夫が理解できない日本語でそうぼやくと、くるりとクレイグに背を向けた。
「どこへ行く?」
「食料の調達。お腹が空いて死にそうなの」
クライディアが選んだドレスは悠莉のスレンダーな体のラインが強調されるデザインのものだった。シェイプされたウエストはかなりぴったりしていたため、食べると胃がポッコリ出そうで朝から何も食べていなかったのだ。
勧められた軽食さえ喉を通らなかった理由には、確かに緊張もあった。大体、自分の結婚式に気を張らない人間なんて滅多にいないだろう。いくら自分は図太いと自負する彼女でも、さすがに今日ばかりはナーバスになっているのを自覚できたくらいだ。
だが、先ほどの一件で目いっぱい張っていた緊張の糸がぷつりと切れた。
むかつくやら腹が立つやら情けないやらで、それらを一緒くたにすると半ば自棄気味な気分にもなる。
というわけで、その反動で一気に食欲がわいてきて、物が食べたくなってしまったということだ。
明日のタブロイドの朝刊一面にビュッフェでやけ食いする花嫁が載ったところで構わない。何か口に入れて蓋でもしないことには、このまま罵詈雑言を叫んでしまいそうだ。

人波を縫い、悠莉が進む後ろからクレイグがぴったりとついてくる。
「何よ、まだ何か用?」
「花嫁花婿がいつまでも離れ離れでいることもないだろう。ビュッフェまで付き合うよ」
別に単独行動でも困ることはなかったが、言い返す気力もなかった彼女は肩を竦めた。
「ご自由に」
辿りついたテーブルは、数人の専属シェフが随時料理を作っている本格的なものだった。サービスをするスタッフも待機していて、自分で取らなくても指をさせばすべてお皿に乗せてもらえる。
悠莉は何も考えずに、一人で片っ端からボリュームのあるものをチョイスしていったせいで、すぐに皿の上は満杯となった。このままだとお替りでもしない限り、後から目をつけた美味しそうなデザートまで行きつけないだろうが、そこまで食べ切れる自信はない。
「ユーリ」
呼ばれて振り返ると、そこにはクレイグが立っていた。彼が手にしている皿には、少量のつまみとなぜか小さくカットされたケーキが乗っている。
「ほら口を開けて」
言われるままに開いた唇の間にケーキを乗せたフォークが差し込まれる。
わっという歓声と共に、無数のフラッシュがたかれた。
「な、何?」
目くらましを浴びせられたように、瞳がチカチカする。慌てて瞼を閉じてその上から目を押さえた彼女は、手さぐりで側にいたクレイグの上着を引っ張った。
すると何を思ったのか、彼は悠莉の方に顔を寄せ、唇を重ねてきたのだ。それはかなり濃厚なキスだった。
焦った悠莉の思考が飛んでしまうくらいに。
「ちょ、ちょっと、何するのよ」
「一応これでファーストバイトは滞りなく終わったな」
「ファーストバイト?」
「そう。これであとは好きなものを好きなだけ食べていいよ」
「い、言われなくてもそうするわよ」
心の準備もないままに受けた口づけにどぎまぎしながら、彼女はぷいと横を向く。その頬が赤くなっているのを彼に見られたことも、この際考えたくなかった。
「どう?俺とした最初のキスの感想は?」
式の際にはわざとそこを省いた。民事婚ではあるし、余所余所しい二人に、立ち会った判事もそこまで強要しなかったからだ。

だからといってこんな人目のある場所でのディープなキスもどうかと思うけど。

後で聞くと、これを彼に指示したのは母親のクラウディア。
要所さえ締めてしまえば、多少のハプニングなど忘れられてしまうという彼女の入れ知恵だった。

確かにそれは的中した。
翌朝、タブロイド紙の一面を飾ったのは悠莉のやけ食い写真ではなく、二人が熱いキスを交わすシーンだった。




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