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True Colors  13


『グループを掌握する全権をクレイグ・バートンに譲渡する』
これで実質的な経営はすべて彼が引き継ぎ、事業に関する相続は万々歳で終わるはずだった。
しかし、最後に付け加えられた但し書きが事態をひっくり返してしまった。
その一文が、
『ただし、グループの総帥は当面の間、空席とする。次の総帥の役職に就く唯一の条件は、ビンガム家の正当な後継者である、ユウリ・カタオカの子の父親であることとする』 だった。

「な……に」
一瞬、悠莉には彼が何を言ったのか理解できなかった。
ざわめきは次第に大きくなり、やがて不服を訴える声に変わる。
「こんな女が『ビンガム家の正当な後継者』ですってっ?」
やはりというべきか、中でも最初に不快感を露わにし、ヒステリックに叫んだのは、サンドラだった。この老人のどこにそんな力があったのかと思うような素早さで数メートル先に座っていた悠莉の側に駆け寄ると、彼女の服に掴みかかる。
悠莉も負けじとその手を自分からひき剥がし、彼女を自分が座っていたソファーの上に突き飛ばした。
「静粛に」
並んで座っていた3人の弁護士は一斉に立ち上がると、混乱を鎮めようと声を張り上げたが、困惑と失望の混じった怒号はなかなか止まない。それを見たクレイグと弁護士たちは、一時遺言状の読み上げを中断し、混乱した様子の悠莉を連れて別室に移動した。
「ほら、これを飲んで」
呆然自失のまま手渡されたグラスを口に持って行った悠莉は、中身を一口飲んで目を剥いた。
「ぐふっ、な、何?これ」
「ブランデーだ」
「私、あまりお酒は好きじゃないのに」
口を押え、体を折り曲げて咽る様子を見たクレイグは、鼻でふんと笑う。
「そのくらい、飲んでもどうってことないだろう?」
確かにアルコールを摂取すること自体に問題はない。彼女は決してお酒に弱い方ではない。ただ、それを口にすること自体が嫌いだから飲まないだけだ。
「ああ、ここに引っ掻き傷ができてしまったな。痛いか?」
爪でつけられたと思しき3センチほどの赤いみみずばれが頬にできていたが、クレイグに撫でられるまで気が付かなかった。
「だ、大丈夫よ、これくらい。で、何ですって?」
悠莉は憮然とした顔で側に立つクレイグを見上げた。
「一体どういうことか、説明して下さらない?」
「それは私も同じ意見だ」
クレイグは鋭い目つきで少し離れた場所に立つハンターたちを見据えた。
弁護士たちの中で、一番困った顔をしているのは他ならぬハンターだ。
「こんな項目が追加されていたなんて、僕も今の今まで知らなかったんだよ、マジで」
「だが、現実にこうして有効な証書として残されている」
「ううむ、そりゃそうだが」
本当にこのことを知らなかったらしいハンターは、頭を抱えた。
「ジョージは一体何を企んでたんだ?」
「それは、私から説明させていただこう」
クレイグたちの前に進み出てきたのは、事務所でも古参の共同経営者の一人であり、所長でもあるダレルだった。
「遺言状はジョージの指示で私が書き換えた。後々真偽を疑われないように、公証人を立ててその場で口述筆記を取ったものを新たな遺言状とした。以前にあったものはすべて破棄され、新たに作り直されたのだ。その過程にまで念には念を入れてね」
内容的にはこうだ。
親族に対する財産分与や使用人たちに与える慰労金は既存の分配方式で変更はない。使用人に関しては、本人が希望し、労働状況が一定の条件を満たせば今後の雇用も保証される。
大幅に変更になったのは、ごく近い親族、つまり家族という範囲に含まれる者と事業に関する項目だった。
ジョージが個人的に所有する財産にうち、市街地にある別宅、賃貸している不動産、現在ジョージが受け取っている高額な役員報酬の権利はすべて妻であるクラウディアに与え、先代の遺した別荘と、海外資産の一部所有権を継母サンドラに相続させる。
だが、ビンガムの本宅と広大な所有地、それに財団の総裁の地位に関しては明らかな指名がない。それは、これから先に起こり得る状況の変化により、それらを与える対象が変わってくるからだ。

「ジョージは将来出現するであろう人物にビンガムの未来を賭けた。それが彼の実子であるミズ・ユーリ、あなたのまだ見ぬ子供の父親に対して総帥の地位を譲るという奇策だ」
それを聞いた悠莉は唖然とした。
彼女の子供なんて、まだ影も形もないどころか、このままいけば、将来的にそんなものがこの世にでてくる可能性さえゼロに近いというのに。
悠莉の困惑をよそに、ダレルは話を先に進める。
「そしてジョージはそれまでの間この家を実質的に統べる役割をクレイグ、君に割り振った。時限付だが、君はジョージ同様にその期間ビンガムの公私の両方を実質的に担うことになる。しかし、プライベートとしてのビンガム家のことについては現段階では一切責任を問われない。なぜなら、真の次期総帥はミズ・ユーリの子供の父親で、君はその代役に過ぎないからだ。実際にはどうであろうと、表向きはね」
「もしかしてそれは、サンドラに対抗するための措置か?」
「いくら難癖をつけられても、逃げ道があるってことですよ」
肯定も否定もせず、ダレルはただ、にっこりと笑ったが、すぐに難しい顔に変わる。
「ただ、これにはかなり大きなリスクが伴います。ミズ・ユーリにはしっかりとした身辺の警護が必要になってくるでしょうな。あまり考えたくない話ですが……一歩手筈を間違えれば、とんでもなく不幸な結果を招きかねない。この場合、重要なのは地位を受け継ぐのが『あなたの子供の父親』であって、それが誰でも、どんな手段であっても構わないということですから」
彼の言葉が何を意味するかに気付いた時、悠莉はショックのあまり身震いした。
ジョージが実権の移譲先を彼女の配偶者としなかったのは、もしかしたら彼女はそれが原因で結婚を渋るのではないかという危惧があったからかもしれない。彼女が結婚を拒否し続ければ、いつまでも配偶者は確定せず、結果として総帥の地位が空席のままになるが、その反面彼女はこの家に取り込まれずに済む。しかし子供の父親となると状況はまったく違ってくる。
結婚は当事者である彼女が承諾しなければ成り立たないが、子供はそう簡単な話ではない。一度彼女の中に根付けば、そのきっかけやいきさつなど関係なく、月日が満ちれば生まれて来る。そうすれば、自ずと『子供の父親』も確定することになるだろう。
考えたくもないことだが、レイプによる妊娠、出産まで監禁などという事態に陥っても、それらが証明できなければ生まれてきた子供の父親が自動的に次のビンガムの総帥の座に就く可能性だってあるのだ。
この一族のトップが手にする金と権力の大きさをもってすれば、金の亡者がそれくらいのことを平然とやってのけたとしてもだれも驚かないだろう。
「なるほどね」
クレイグは口元に皮肉っぽい笑いを湛えて頷いた。
「それで、ジョージは暗に私にプレッシャーをかけたのか」
「プレッシャー?」
「ああ、私に早く身を固めて、子供をもうけるようにってね」




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