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True Colors  12


悠莉たちがマンションに戻ると、来客が待ち構えていた。
玄関で悠莉と別れてひとり書斎に向かったクレイグは、入口のドアに背中を向けてソファーに座る人影に声を掛ける。
「ハンター?」
そこにいたのは、ハンター・スチュアート。
ビンガム家の顧問弁護士の一人だ。
彼自身、ジョージの従兄弟の息子で、ビンガムの傍系にあたる家の出身だ。年齢はクレイグより4、5歳上。ロースクールを出た後にビンガムの息のかかった法律事務所に入り、この年齢ですでにシニア・マネージャーになっている。
もちろん、コネだけでなく実力も兼ね備えた辣腕弁護士だ。
何か書類を見ていたらしいその人物は、彼の声を聞くと立ち上がりこちらを振り返った。
「やぁ、クレイグ。邪魔をしているよ」
「それは構わないが……何かあったのか?」
自分と負けず劣らず疲れた様子の彼を見たクレイグが、不審な顔をする。
「ああ。もう事務所の中がひっちゃかめっちゃかだ」
そう言うとハンターと呼ばれた男性は忌々しそうに長めの髪の毛をかき上げた。
「何でまた、そんなことに」
「言わずと知れた、君のところの例のバァさんさ」
「サンドラ?」
ハンターは苦々しげな表情で頷いた。
「数日前から、遺言状を早く見せろって煩いのなんの。まったく、強欲なババアだよ」
困ったような顔でお手上げのジェスチャーをするハンターに、クレイグも苦笑いするしかない。
「ここ数日やけに大人しかったから、裏で何かやってるとは思っていたが。しかし今回は動きが早かったな」
「マネージャーのマックが泊まり込みで遺言状の入った金庫の番をしているよ。誰か雇って強奪しに来るんじゃないかって心配してね」
二人は冗談を言いながら笑ったが、本心は彼女ならそれくらいまことをしてもおかしくないと思っている。
「それで、だ。所長とも話し合ったんだが、少し予定を繰り上げて、明日ジョージの遺言状を公開したいと思う。まだ親族たちも大半はここに残っていることだしな」
通常、遺言状の公開は葬儀の後始末がひと段落ついてからというパターンが多いが、いつしなければならないという決まりはない。
都合が良いことに、昨日の葬儀に引き続き、今日の埋葬にも参列した親族たちは、まだほとんどがビンガムの屋敷に滞在している。遺産の分け前をダシにすれば、1日や2日予定が伸びても誰も文句は言わないだろう。
「こちらは明日でも構わないが、そっちの準備は大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないさ。だから事務所中が蜂の巣を突いたような騒ぎなんだよ。でも、あのバァさんに急襲されるくらいなら、みんな不眠不休ででも働くさ」

その時、控えめに書斎のドアをノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「あの、クレイグ?」
「ああ、ユーリか?入ってくれ」
「あ、ばたばたしている時にごめんなさい。帰国の準備の件なんだけど……」
ドアを開けて中に入りかけて、その時やっとクレイグ以外にも見たことのない男性が一緒にいるのに気が付いた悠莉は、慌てて出て行こうとして後ろに下がった。
「ご、ごめんなさい。お客様だっだのね。後で……」
「いい、構わないよ、ユーリ。君にも紹介しておくから入ってくれ」
「でも」
「大丈夫だ」
おずおずと彼のデスクの方に向かいながら、彼女はそこにいる男性をちらりと見た。
クレイグも日本で言うところのイケメンだが、彼もなかなかハンサムな男性だった。どちらかといえばワイルドな感じで、黒っぽい長めの髪を後ろで一つに束ね、片方の耳に大きなダイヤのピアスをしている。格好こそスーツ姿だが、一歩間違えばバーテンダーかホストかといった風情だ。
「ハンター、彼女がジョージの娘、ユーリ・カタオカだ。ユーリ、こちらはハンター・スチュアート。ビンガム家の顧問弁護士だ」
「初めまして」
ハンターが手を差し出したのでてっきり握手をするのかと思っていた悠莉は、彼が甲に唇を落としたのを見て、小さく悲鳴を上げると手を引っ込めた。
「いっ、一体何を」
「いい加減にしておけ」
どぎまぎしている彼女と不快感を露わにしたクレイグを交互に見比べたハンターがにやりと笑う。
「おっと、失礼。美しいレディを見ると勝手に体が動くもので」
いけしゃあしゃあとそんなことを言う、人を食ったような表情には悪気がなく、どこか憎めない感じがする。だが、この調子で片っ端から女性を口説いているのなら、かなりの女たらしに間違いなさそうだ。
「僕の親父とジョージが従兄弟同士だから、僕たちは親戚ってことになるのかな。どうぞお見知りおきを」
「よ、よろしく」
「ところで、ユーリ、こうしてお近づきになったしるしに、ディナーでもどうかな?」
「あ、私、もうすぐ帰国するので」
「そりゃ急がないと。じゃ早速今夜にでも」
まだどきまぎしながらも何とか無理やり引き攣った笑顔を作った悠莉は、助けを求めるような顔でクレイグを見た。
「もうそのくらいでいいだろう、ハンター。彼女はまだ今日父親の埋葬を終えたばかりなんだぞ。不謹慎だ。あんまりしつこいと嫌われるぞ」
「クレイグ、君が淡泊過ぎるんだ。女ってのは、チャンスがあればガンガン攻めないと……」
「君は強引過ぎるだろう」
「わ、私、後で出直してきますから」
何やら話の内容がおかしな方向に向かっているのを感じた悠莉は、そう言ってドアの方に後退りし始めた。
「あ、ユーリ」
そんな彼女にハンターが声を掛ける。
「明日は君にもぜひ来てもらいたいんだが」
「明日?」
話を聞いていない悠莉は、何のことだろうと訝しむ。
「明日、ジョージの遺言状を公開するそうだ。親族たちが多数集まるので、君も出席した方がいいと思う」
クレイグにもそう勧められた悠莉は顔を曇らせた。
「でも、私がそんな席に行くとまたいろいろ面倒なことになるんじゃない?」
「いや、それが君にもぜひ出てもらいたいと、生前ジョージが言っていたようなんだよねぇ」
「ジョージが?」
それは初めて聞いたとばかりに、クレイグが驚いた顔をする。
「ああ、亡くなる数週間前だ。ウチの主席がジョージに呼ばれてね。遺言について一部内容を書き換えたらしい。で、その場に来ることができれば、ぜひ君にも同席してほしいと彼が言っていたそうだ」
「君ではなく、上司が?何でまたそんな面倒なことをしたんだろう」
「その時生憎と出張中でさ。こっちにいなかったっていうのもあるんだけどな。ただ、いつものジョージなら、月にいても呼び戻してきそうなものだけど」
「確かにそうだな」
自分が一晩のうちにシンガポールから呼び戻されたことを考えると、それが強ち大げさだとも言いきれない。
二人は顔を見合わせて首を傾げた。
「でも、それなら余計に私がいない方がいいと思うけど?」
二人のやり取りが一段落して、やっと悠莉が口を挟む。
ジョージが寸前に書き換えたという遺言。
恐らくは、彼女に分配する遺産項目を追加したのだろうと、その場にいた誰もがそう思った。
悠莉はジョージから何も貰うつもりはなく、もし何か残されたものがあっても、すべてを放棄するつもりだ。そんな自分がいても何の得もなく、反対にその場の空気が悪くなるだけではないのか。
そう考えると彼女は気が重くなった。
「しかし、君は……婚外子とはいえ、現在分かっている範囲で唯一ジョージ自身が実子と認めた子供だ」
「他にも私みたいなのがいるの?」
ハンターの話に悠莉が嫌悪の反応をする。
「婚外子という意味かい?今のところその可能性はほとんどない。過去に何度もそういう話が出たのは事実だが、DNA鑑定をすると本物は一人もいないってことになった」
本来ならば悠莉にも鑑定を求められるのだろうが、ジョージの死で棚上げになったままだ。彼女は別段証明が必要なわけではないので、受けなくて済むのならこのまま放置したい考えだが。
「クレイグ、あなたはどう思うの?」
「ジョージがそう望んだというのなら、子供としての最後の務めだ。そう思って出席したらどうだ?」
「……分かったわ。出ることにします。ただ、それが終わったらすぐに日本に帰りたいの」
「何某かの手続きが必要になることもあると思うが、なるだけ早くそうできるよう手配しよう」



翌日、ビンガムの屋敷で招集された親族が一堂に会した。
すでに悠莉の存在は彼らにも知れ渡っていて、余所余所しいながらもその場からつまみ出されるようなことはなかった。

遺言状の開封に立ち会うのは、ハンターの他に顧問弁護士2人、それに会計士も同席していた。
まず公開されたのは、会社の経営に関する事項だ。
途中まで、内容は大方皆が予想していた範囲のものだった。
グループの経営はクレイグに一任され、経営方針の決定権もそのまま移譲されることになっていた。
ただ、最後にその付帯条件が読み上げられた時、それまで静かだった室内は一気に騒然となったのだった。




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