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True Colors  11


葬送の鐘が鳴る。

悠莉は生まれて初めて直に埋葬される棺を見た。
今の日本では火葬が主流で、お墓に入れるのは骨壺に入った遺骨という場合がほとんどだ。近いところでは、数年前に亡くなった彼女の祖父の時がそうだった。
目の前では神父か、あるいは牧師かもしれないが、式服を纏った男性が親族たちと一緒に埋葬に立ち合い、祈りをささげている。ビンガムの所有地内にある教会の宗派が何かなどということは彼女には分からない。ただ、ごみひとつ落ちていない、管理が行き届いた墓所に整然と並ぶ墓石のすべてがビンガム家ゆかりの人たちのものであることは、一目瞭然だ。
その中の一角。まだ何もなく、穿たれた穴があるだけの平地が、ジョージが永久の眠りにつくために用意された場所だった。


彼が亡くなると、周囲はすぐに葬儀の準備に掛かった。特にクレイグはその死を悼む余裕すらなく、諸方面への連絡や式の手配、日程の調整などに追われていたようだった。
その間、悠莉は彼にあてがわれたマンションで一人、漫然と時が過ぎるのを待っていた。
他にすることがなく、かといって一人でビンガムの屋敷に残る勇気もなかった。第一にあそこにいてもできることは何もない。彼の側には妻であるクラウディアがついているし、ごり押ししたところで、サンドラというあの老女とその一派たちと無益な摩擦を生むだけだろう。

こうして彼の死後、一週間あまりを経て執り行われた葬儀の豪勢さに比べて、実際の埋葬は簡素な式だった。
昨日行われた社葬は盛大で、かなりの列席者が弔問に訪れていた。その間中、彼女はずっと親族関係者の席の目立たない位置に座り、何とかその場をやり過ごした。
クライディアとクレイグには自分たちと一緒に最前列に並ぶようにと促されたが、周囲に認知のない自分がそんな場所にいると余計な詮索を煽るだけだという理由で断ったのだ。
厳かな雰囲気の式場と途切れることのない弔問客の列、そして強い香りにむせ返りそうなほど多くの献花。それはジョージ・ビンガムの生前の権力と財力を象徴するかのようにいつまでも果てることがなかった。
それにひきかえ、埋葬に立ち会ったのは本当に近しい身内だけ。悠莉も周りの人の動きに習い、一通りのことを無事終わらせて乗り切ることができたくらいだ。

結局一連の葬儀の間中、悠莉は一度も泣くことはなかった。
父親の弔いに、嘘でも良いから涙くらい見せればまだ可愛げがあるのだろうが、生憎と彼女とジョージの間にはそんな感傷的な接点が一切ないのだから仕方がない。下手に嘘泣きなどしてもバンシーか泣き女のようだと言われるのがオチだろう。

すべてが終わり、それぞれが待たせていた車に乗り込みその場を引き上げ始めると、悠莉もそれに従って乗って来た車の方へと向かう。
「ユーリ」
後ろから呼び止められ振り返ると、そこにあったのは憔悴した様子のクラウディアと母親を支えて歩くクレイグの姿だった
「ミセス・ビンガム」
悠莉は彼女の方に歩み寄ると、肩を抱き寄せた。
クレイグの母親である彼女は、見るからに非凡さを滲ませる息子と違い、ごく普通の女性だった。
ただ、慈愛溢れる母親とはこういうものか、と悠莉でさえ言葉に逆らうことを躊躇わせる、そんな母親特有の雰囲気を持っている。
背格好は自分とそんなに変わらないクラウディアだが、この数日で頓にやつれたように見える。聞いた話では、ジョージと再婚してから二十数年、その間ずっと良き伴侶としてビンガムの家に尽くしてきたということだから、ほんの一瞬触れ合っただけの自分とは違い彼を失ったショックは計り知れないほど大きかったのだろう。
「ユーリ、クラウディアでいいって言ったでしょう?」
ミセス・ビンガムでは他人行儀だと、彼女は自分を名前で呼んでほしいと言った。
「分かっていますよ。でもなかなか慣れなくて」
苦笑いする悠莉の頬に、困ったことだという表情でクラウディアがキスをする。
「よく頑張ったわね」
「私なんかよりもミセス……クラウディア、あなたの方が大変だったでしょうに」
ミセス・ビンガムと言いかけて、慌てて言い直した悠莉に、彼女は「それでよろしい」という笑顔で頷く。
「私はいつかこの時がくると、もう以前から覚悟していたから。あなたの方はそんな時間もなかったでしょう?」
確かにそんな時間はなかった。しかし今思えばその方がよかったのだろう。
すぐに日本に引き上げてしまう悠莉がこの地に眠る「父親」に愛着を持つことが、もうここに戻ることのない彼女とビンガム家、双方のためになるとは思えなかった。
曖昧に笑う悠莉を再度抱きしめると、クラウディアは彼女の側から離れる。すると、それと入れ替わるようにクレイグが前に出てきた。
「ユーリ。このまま帰るのか?」
「ええ。他に行くところもないし、この格好ではどこにも立ち寄れないでしょう?」
彼女は身にまとっている喪服の裾を摘まんだ。
「そうだな。それなら悪いが少し待っていてもらえないか。母を車に乗せたら、私も一緒にマンションに戻る」
「別にいいけど」
元はと言えばあなたが回してくれた車だし。好きにすれば?
そう言いかけて、途中で止めた。
憎まれ口を叩くには、彼はあまりにも疲れた顔をしていた。多分ジョージが亡くなってからというもの、休む時間はおろか、眠ることすらままならなかったに違いない。

車の後部座席で待っていると、少し経ってクレイグが乗り込んできた。
彼は深く沈み込むように腰掛けると、ネクタイを緩め、疲れた顔で目を閉じてから鼻梁を摘まんだ。
「少し寝たら?」
「ん?」
「着いたら起こしてあげるから」
来る時は多少渋滞にあい、小一時間かかったが、帰りはもう少し早く着けるはずだ。それでも軽く二、三十分くらいは体を休める時間が取れるだろう。
「大丈夫よ。寝ている間に首を絞めたりはしないから」
わざと挑発するような口ぶりで言った彼女に、クレイグは口角を上げた。
「どうせなら色っぽくキスで口を塞いで窒息死させてくれ。その仕切りを上げたら多少私が後ろで暴れても前には分からないはずだ」
「ばっ、ばか」
思わぬ切り返しを受けた彼女は、どぎまぎしながらぷいと反対を向いた。その頬が少し赤くなっているのを見たクレイグが、彼女に気付かれぬよう忍び笑う。
「では、ご厚意に甘えて」
本当に疲れていたようで、それからものの数分で彼は眠りに落ちていた。
車がカーブを曲がった時の反動で彼の体がこちらに傾いてきたが、悠莉はそのままクレイグを眠らせておいた。
「本当に疲れてるのね」

肉体的な疲労もさることながら、精神的な負担も大きいのだろう。
ジョージという完成された防波堤がなくなった今、クレイグは自らが体を張ってその代わりを務めなければならないのだから。
ビンガムの家と、一族が持つ数々の事業。
それらと深くかかわる予定のない自分と、今後はビンガムのすべての舵取りを任されることになるであろう彼では、背負うものが違いすぎるのだ。

悠莉は自分の肩に乗った彼の頭に自分の頬を寄せた。その間にも車は街並みを抜け、目的の場所へと向かってひた走る。
「眠っておきなさい、今は。少しでも、ほんの少しでも明日のあなたが楽になれるように」




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