BACK/ NEXT/ INDEX



雪のミラージュ  15


真音の寝室は2階のロフトの部分にあった。
嶺河は彼女を抱いたまま階段を上り、二人を待ち受ける場所へと向かった。
部屋に入りそっと扉を閉めると、真音をベッドの側に下ろし、彼女が身につけていた服をすべて剥ぎ取った。そして自分もシャツを脱ぎ、ネクタイをむしり取るとズボンも下着すべて脱ぎ捨て、彼女と向かい合った。
信じられないことに、それまで彼は会社を飛び出したときのスーツ姿のままだった。
上着こそ着ていないものの、ネクタイを締めていることすら忘れていた。

朝の一本の電話から始まった今日一日の目まぐるしさは、嶺河に時間の感覚を失わせていた。
あれから彼は真音の妹に会い、彼女の居場所を知り、ここに駆けつけた。
そして、捜し求めた姿を見つけた。
窓から差し込む夕日が、すでに今日という日の大部分を終えたことを教えている。
その残光に薄く半身を照らされた彼女の華奢な身体は、夕焼けの雲のごとく仄かに紅く染まっていた。

やっと取り戻したその愛しい存在を確かめるように、細い肩を引き寄せると、真音が身体を強張らせるのを感じる。
嶺河はベッドカバーを押しやると、彼女を抱えてベッドに横たえ、自分も側に滑り込んだ。そしてまだ硬さの残る真音の身体から残っていた下着を取り去ると、抱き寄せて緊張が解れるまで羽で触れるように軽く背中を撫で続けた。
ただ宥めるように軽く、慈しむように優しく。
一時とはいえ見失った真音を再び自分の腕の中に取り戻したことが、彼にはまだ信じられなかった。
力を込めて抱きすくめたら、途端に彼女は幻のように消えてしまうのではないか。
このひと月で味わった喪失感は、恐ろしいほど彼を疑心暗鬼にする。
嶺河はそんな思いを振り払い、肌で彼女の体温を確かめるようにその身体を包み込んだ。

しばらくすると、ようやく真音は大きく息を吐き出して彼の胸に身体を預けてきた。
やっと彼女に触れる許しを得られたとでもいうように、嶺河は真音の額にかかる髪をかき上げる。そしてまず額に、次に頬に、鼻先にと顔中に啄ばむようなくちづけの雨を降らせ、最後に唇へと辿り着いた。

彼のキスは優しく、しかも巧みだった。
触れるか触れないかという程に軽く彼女に唇を押し付け、離しては輪郭をなぞるように舌を這わせる。その手際の良さは今までしてきた数多くの経験を物語るようで、真音はその興奮に酔いながらも、相手の女性たちに少なからず嫉妬を感じた。

嫉妬…?

真音は突然、笑いしだしたい衝動に駆られた。
彼に身を任せようというだけでも十分過ぎるほど身の程知らずなことなのに、その上嶺河のお相手の、若く美しい女性たちにと自分を同列に置いて比べるとは、私は何て愚かなのだろう。
彼女は一瞬理性を取り戻した頭の中で自問した。
『本当にこれでいいの?』と。
一瞬、失くしかけた理性が彼女の躊躇いを押し戻そうとした。
しかしすぐに彼の巧みな口付けに流され、気付いた時には再び興奮の波に飲み込まれていた。

焦らされて堪らず少し開いた口元から差し入れられた彼の舌に、おずおずと彼女が舌を絡ませると、嶺河は満足そうに唸り、もっと強く彼女の身体を引き寄せる。
だんだんとキスが深くなるほど、その唇は彼女から呼吸と思考を奪っていく。
嶺河は真音が空気を求めてもがき、唇を引き剥がすのを見て喉の奥で小さく笑うと、舌で彼女の顎をなぞり、そのまま体をずらしながら首筋から肩、鎖骨へと唇を滑らせていった。

彼を待ち受けるかのような胸の頂を口に含むと、真音が弓なりに身体を反らす。
じらすように二つのふくらみを交互に指で揉みしだかれ、硬くなった頂を舌で弾かれる度に彼女のの身体が撥ね、甘い喘ぎが漏れ始めた。
それを見届けて、彼の唇は脇から腰のラインへと下がり、最後に太腿の内側に滑り落ちていく。
嶺河はあの夜、彼女が過剰に反応した腹部には敢えて触れなかった。
いずれはこのことも彼女に問わねばならないだろうが、今はその時ではない。

湿った唇が真音の密やかな部分に辿り着くと、最も敏感な部分を吸い上げ、舌を這わせる。
彼の高ぶりはすでに限界を訴えていた。
彼女の秘所をなぞり、舌をねじ込むたびに興奮は更に高まり、下半身の張りつめたものが開放を求める。
それでも嶺河は彼女を悦ばせることを優先した。
まず彼女の身体を満たし、心にわだかまるものから解き放つことが必要だと感じたからだ。

やがて彼女の内部が痙攣し、身体が大きく震えて彼女が達したことを知らせた。
脚の間に滑りこませた指に潤みが絡みつき、彼を迎え入れる準備ができたことを告げると、嶺河は素早く起き上がり、彼女の両脚の間に自分の体をおさめた。
そしてまだ余韻で小刻みに震える秘所に先端をあてがうと、彼女の腰を少し持ち上げて、中にぐっと自身を沈めた。

真音はその圧迫感に小さく悲鳴を上げたが、両手で頭の下の枕を掴み、身体を弓なりに反らすと、無意識に彼を深く引き入れる。そして彼をすべて包み込んだ瞬間に、より強く締め付けた。
嶺河はそれだけで持っていかれそうになる衝動に耐え、身震いした。
その時、二人の体はぴったりと重なり、隙間なく互いを補いあった。

『やっと、やっとこの女性を手に入れた』
そう実感した嶺河は感慨に体が震えるのを抑えられなかった。
彼は半年もの間、この瞬間を待ち続けていた。
彼女に出会ってからというもの、真音以外の女性を欲しいと思うことさえなくなった。彼を悩ませて欲情させ、満たし、そして解き放てるのは彼女だけだった。
それが現実となった今、嶺河は信じられないほどの感情の高ぶりを持って、真音の潤んだ熱さの中に身を委ねていた。

最初の波を何とか堪えると、彼は真音の頭の横に両手をつき、自分の体を支えながら動きはじめた。
時間をかけて、緩慢なまでにゆっくりと彼女の感じる場所を探し当てていく。
見下ろす彼女の口元が震え、漏れた切なげな吐息が彼の体をくすぐる。
もっと乱れた姿が見たくて、片手を二人の繋がるところへと滑らせ、敏感な部分を弄ると、嬌声と共に彼女の身体が艶かしくうねる。その声を聞くにつれ、彼の中ではもっと焦らして真音を感じさせたいという思いと、早く解き放たれたい自分の欲望がせめぎ合っていた。

程なく先に昇りつめた真音の身体が再び痙攣し、彼を包み込んでいる部分がより強く彼を締め付けた瞬間、嶺河の体は抑止力を失い暴走し始めた。
彼女の細い腰をつかんで引き寄せ、容赦なく突き上げていく。
一度忘我の域に達した彼女は苦痛と歓喜の入り混じった表情で彼を受け止め、次々に寄せてくる快感の波に耐えていたが、彼の執拗な動きで頂点に達すると同時に短い悲鳴を上げ、そのまま意識を手放してベッドに崩れ落ちた。
そして同時に嶺河もまた痛みを感じるほどの絶頂を迎え、真音の名を呼びながら彼女の中に熱いものを迸らせていた。

真音を押しつぶさないように何とか彼女の側に倒れこんだ嶺河は、荒い息を整えながら、意識なく身体を投げ出している真音の横顔を眺めていた。
彼女と身体を重ねて得られた快感は、体がばらばらに砕けるかと思うほど激しいものだった。
極限まで抑え込まれた欲望がまるでマグマのように一気に噴出した感じだ。
恍惚さえ伴うような開放感。
彼は今までセックスにおいてこれほどまでに快感を味わったことがなかった。

もう二度と手放せないな…。

一度の開放では物足りないといわんばかりに高ぶったままの己の下半身を目にして苦笑する。
少し加減しないと、このままだと彼女を壊してしまいそうだ。
嶺河は自分が益々貪欲になっていくのを感じていた。勿論、真音に関する全てのことに対してだ。


いつの間にか日は落ち、夜の帳が辺りを包んでいた。
隣では嶺河が静かな寝息をたてている。
二人はあのまま暫く眠っていたらしく、気がつけば部屋を照らしているのは窓から差し込む月の光だけになっていた。

真音は嶺河を起こさないようにそっとベッドから抜け出すと、足元に落ちていた彼のシャツを羽織り、ほの暗い光が差し込む窓辺へと歩み寄った。

『ついに彼を受け入れてしまった。身体も、そして心までも』
真音の口に苦いものが広がる。
もう誰も愛さないとあれほど強く誓ったのに。
懲りもせず、また私は一人の男性に恋をしてしまった。

彼女は自分の性格を良く分かっている。
一度誰かを想ってしまったら、自分の愛情のすべてを際限なくその人に注ぎ込んでしまうのだ。
例え相手に報われなくても、自分が涸れ果ててしまうまでそれを続けてしまう。
前の結婚はそれが原因で破局を迎えた。
夫に愛情を注ぐ方法を間違えてしまったがために。

自分を守るために、これ以上同じ過ちを犯したくはなかった。
なのに再び、いとも簡単に自分は彼に屈服してしまったのだ。

思わず切ないため息が漏れる。
なぜ、彼は追ってきたのだろう。
彼ほどの男性が、かなり年上の、それも結婚暦のある自分など探してまで得る価値は見いだせないと思っていた。
なのに、彼はここにやって来た。
そして彼女が我を忘れるくらい情熱的に彼女を抱いたのだ。

想いを遂げて満足した彼はこれからどうするのだろうか。
また愛する人を失う恐怖に苛まれながら、日々を過ごすのは辛すぎる。
ここで暮らす彼女は、華やかな世界に戻っていく彼を繋ぎとめる術さえ持たないのだ。

いろいろな思いが錯綜する中で、彼に傾いてしまった気持ちが心をかき乱す。
真音は額をガラスに押し当て、窓にもたれたまま小さく息を詰まらせた。

「どうかしたの?」
振り返ると嶺河が半身を起こして彼女を見ていた。
真音は頬を伝わる涙を見られたくなくて急いで顔を背けたが、それより早くベッドから出た彼が彼女を後ろから抱きしめた。
「泣かないで…」
嶺河の温かい手が肌を撫でるたびに、彼女の瞳から堪えきれずに涙が溢れる。
薄いシャツ越しに感じる彼の体温は、優しく守るように彼女の心までも包み込んでいった。




≪BACK / NEXT≫ / この小説TOP へ
HOME