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   セカンド ・ マリアージュ  53


その夜、奏子たちが住むマンションに守谷が姿を現した。
実家から戻りメールで今日の出来事のあらましを守谷に伝えたところ、彼からすぐに連絡が入った。勤務時間中ということもあってあまり細かいことまでは話せなかったが、それでも驚いている様子がうかがえたところをみると、彼の方にもそういった話は伝えられていなかったようだ。
まだ週の半ばでもあるし、ここのところ彼の仕事が立て込んでいてすぐに会社を抜け出すことができないと知っていた奏子は、最初はまた日を改めて余裕がある時にでも話を聞く機会を持とうと思っていたのだが、結局こんな時間になってから、彼に家に来てもらうことにした。
というのも、帰宅してきた彩乃に実家であったことを話したら、こういう話はともすると拗れやすいので時間を置かずにきちんとした説明を受けた方が良いと言われたからだ。彼の方も同じ考えだったのか、水を向けたらすぐにそれを了承した。


そんな彼女の携帯に「あと少しで着く」と守谷から連絡が入ったのは11時を少し過ぎた頃だった。
彼の話を聞きたいような聞くのが怖いような、何となく落ち着かない気持ちで奏子はそわそわしながら何度となくリビングとキッチンの間を往復していたが、突然室内に鳴り響いたピンポンの音に驚いて飛びあがった。
「こんばんは」
外にいるのが彼だと確認してから鍵を開け、ドアチェーンを外して迎え入れる。
「お邪魔します。こんな時間に悪いね」
迎えに出た奏子にそう言うと守谷は笑みを浮かべたが、ここに来る前に実家にも立ち寄って来たという彼の顔には疲労の色が見て取れる。
「守谷さん、大丈夫ですか?」
彼が他人の前でそんな表情をみせることなど滅多にない。それを知る彼女は守谷の疲弊を心配した。
「ああ、大丈夫だ。ちょっと実家で親とやりあって来たから、あんまり気分はよくないけどね」
守谷は、はぁと大きなため息をつくと、すぐにそれを打ち消す様に左右に大きく頭を振ったがその顔に滲む苦々しさは隠せない。
それ以上、彼とどう向き合うべきなのかが分からず、奏子はしばらく押し黙ったままで彼を見ていた。そんな彼女に助け舟を出したのはキッチンにいた彩乃だ。
「二人とも、そんなところに突っ立てないでよ。奏子、入って頂いたら?」
「そ、そうだね。守谷さん、どうぞ」
来客用のスリッパを並べ、それを履いた守谷と共に奥のリビングへと向かう。
「夜分に押しかけてすみません」
リビングに招き入れられた彼は、まずはここの家主である彩乃に遅い時間の来訪を詫びる。
「いえ。本当でしたらこんな時間にお呼び立てする方がおかしいのかもしれませんが」
今日はいつもと違い、彩乃がキッチンに入りコーヒーを淹れていた。奏子は彩乃に言われてリビングで守谷の向かいに身を固くして座っている。
「お互い納得がいくまでじっくり話をなさって下さい。私は部屋にいますから」
二人にコーヒーを出した後、彩乃はそう断るとリビングを出ていってしまった。ただし、話し合いが終わって守谷がここを立ち去るまでは、いつでもこの場に出てこられるよう寝ずにスタンバイしている、と彼にプレッシャーをかけるのを忘れないあたりが彼女らしい。


彩乃がいなくなったリビングで向かい合わせに座った二人は、暫くの間無言で気まずい思いをしつつコーヒーを啜っていたが、守谷の方が先に観念したように先に話を切り出した。
「先ずは今日、君の実家にご迷惑をおかけしたことをお詫びしたい」
守谷はそう言って頭を下げる。
「また改めて君のご家族には経緯の説明を兼ねてお詫びに伺わせて頂くことにするとして……」
彼はそこで一度言葉を切ると、彼女の方ににじり寄った。
「今日あの代議士との間に何があったのか、そしえ彼からどんなことを言われたのかを包み隠さず教えてほしい」
どうやら彼の実家で、件の代議士がいろいろこぼしていったらしい。守谷の口から聞かされた内容はそのごく一部のようだが、それでも悪意を持って歪められた酷いものになっていた。とはいえ、こちらの対応をあからさまに悪く言うのではなく、あくまでも奏子の側の印象を悪くするように仕向けるといった嫌がらせのようなことをつらつらと並べてみせた、といったところだろう。
全否定はしないが、言葉の端々に彼女に対する毒を含ませる、その巧妙なやり口に奏子は思わず眉を顰めた。

「僕は君やご家族を知っているから君たちがそんなことを考えているなんて、信じられない。ただ、ウチの両親たちは君の人となりを知らないから……」
それはそうだろう。突然息子が連れてきた、一度しか会ったことのない相手や会ったこともないその家族と、自分たちが間に立てた既知の代議士とを比べると、どちらを信用するかはいわずもがなだ。尤もらしく語る代議士の話を聞いた彼の両親の、奏子に対する印象は悪くなる一方だったのだろう。たとえそれらの話を息子が否定したとしても。
自分が弁明するよりも正確に内容を伝える手段として、奏子はあまり気が進まなかったが仕方なく自分のスマホに残っている会話の録音を守谷に聞かせることにした。
最初は世間話などを普通に話していたことが、少しずつ核心に近づくにつれて雲行きが怪しくなっていく。最後のあたり、ちょうど代議士が奏子を愚弄したあたりを聞いたところで、守谷はがっくりと肩を落とした。
「……これはないよな」
誰がどう聞いても、奏子に非はない。それどころか、一方的に話を吹っかけ、それを荒立てた上に滅茶苦茶にしたのは明らかに守谷の側だ。
「本当に失礼で申し訳ないことをした。君にも、ご家族にも」
彼は奏子の前で居住まいを正すと、先ほどよりも深く彼女に向かって頭を下げた。
「そ、そんな、顔を上げて下さい」
奏子は慌てて彼を押し止めた。しかし守谷はなかなか頭を上げようとはしない。
そんな彼を見て、奏子は何となく悟ってしまった。
代議士が投げつけた言葉は、確かに酷いものだったけれど、きっと彼の両親も少なからずそう考えているのだろう。なぜ、結婚相手が引く手数多な自分たちの息子が、敢えて奏子のように離婚歴のある女を選ぶのか、と。
そして、それはもしかしたら守谷自身も心の中で、無意識のうちに蟠っていることなのかもしれない。




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