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Romance Writer’s Love Story

chapterT 香澄のstory 1



「ふう…」
キーボードから手を離し、側にあったマグからコーヒーを一口すする。
今夜書き足したところをスクロールして、もう一度読み直した香澄は、モニターを見つめたまま羨望のこもった溜息をついた。
自分で書いておいて言うのもなんだが、一体どこぞの恋人たちがこんな情熱的な夜を過ごしているのだろう?
完璧なエスコート、贅沢で夢のようなデート、そして最後にはお約束の、刺激的で官能的な熱い夜。
「はぁ…熱い夜かぁ。何かちょっと、ううん、すごく羨ましいかも」
情景は頭の中にはっきりと描ける。
広い寝室で二人が使うベッドには光沢のあるサテンのカバー。うーん、でなければアンティークのキルトでもいいか。
もちろん山と詰まれたふかふかのクッションは必需品。ベッドサイドには重厚なナイトテーブルがあり、その上に置かれたスタンドからは柔らかな明かりが漏れだしている。
あっと、忘れてはいけないのがベッドの大きさで、勿論Wベッド以上。
実物を置いてあるところを見たことはないけれど、キングサイズくらいあると転げまわっても大丈夫かな。

うん、シチュエーションはほぼ完璧。

後は主役の二人の繰り広げるホットな時間。
着ている物を剥ぎ取りながら、もつれるようにベッドに沈み込むヒーローとヒロイン。
互いの体を弄りあい、じらされた彼女の口からは快感のあまりすすり泣きがもれる。
じわじわと責めるもよし、一気に最後までいっちゃうのもあり?で、精根尽き果てると裸のまま、重なるようにして眠りにつく。
一晩中、目覚めては貪るように何度も互いを求めあう二人。
朝からだって、もう1ラウンドいっちゃったりする。
こと、これについて脳内の彼らは極めてタフだ。

「これがキャシーとマークとかフィオーナとトムだったら簡単なのになぁ」
香澄は一人語ちた。
書いているラブシーンと彼女の現実はかなり違っている。というよりは、かけ離れているという方が正解かもしれない。
よく読者から「こんな体験してみたい」とか「どうやったらこんなにうまく男性を翻弄し、燃え上がらせることができるのでしょう?」などという感想をいただくのだが、そのたびにどう返答してよいか頭を抱えてしまう。
悲しいかな、自分にもそういう経験がまったくない。できることならこっちが聞きたいくらいだ。
念のため言っておくが、自分にも男性経験はある。とはいっても今の彼が唯一無二ではあるのだが。
彼がそっちの方が下手だとか、決してそういうことはない。
男の人は彼しか知らない自分は他と比べようもないけれど、彼とその…そういうことをして、それなりに満足できなかったことは、初めての時を除いては一度もない。
彼のテクニックは百発百中、不発弾0(なし)?で、かなりの床上手と考えるのが正解だろう。
問題は自分なのだ。

最初は確かに未経験のことが多く、何から何まで彼に頼りっぱなしだったことは仕方がないと思う。
だがふと気がつけば、もう一年近くつきあっているにもかかわらず、彼との関係はまったく変わっていないのだ。
ベッドではすべて彼任せ。自ら何か求めごとをしたこともなければ、自分から彼に誘いをかけたこともない。
もちろん彼にその…奉仕なんてしてあげたこともなかったりする。
その結果が、毎回判で押したようなセックス。
週末限定、一晩一回。それも正常位オンリー。
物足りないとは思っていても、それを正直に言うと呆れられそうで、恐くて言えなかった。彼が今のままで満足しているのかを面と向かって訊くことさえ気恥ずかしくて躊躇われた。

一晩でいいから滅茶苦茶になるくらい、奔放なセックスをしてみたいと思う。
淫らな言葉を叫びながら、狂ったように何度も体を打ち付けあう行為ってどんな感じなんだろう?
良く使うフレーズの「野蛮で原始的な欲求に突き動かされて」とか「本能のおもむくまま」とかいうものを一度で良いから体感してみたいけれど、そんなことは恥ずかしくてとても自分からは言い出だせない。
「欲求不満だなぁ、私」

気がつけば時計は12時をまわっていた。そろそろ眠らないと明日の朝が辛い。
所詮、現実の私は、ただのしがないOLなのだから。
パソコンの電源を切り、真っ黒なモニターを眺めながら、冷めたコーヒーを一気に飲み干す。

明日は週末、金曜日。
今週彼は出張中で土曜日まで帰らない。
とりたてて予定もないから、早めに帰ってきて続きを書こう。何だかんだ言っても欲求不満なくらいの方がホットなシーンはさくさくと書けるんだから…。
香澄はそんなことを思いながら、自嘲気味に笑った。


翌日、同じ課の女の子たちと社食でお昼ご飯を食べていると、ポケットに入れていた携帯が震えた。
メールの着信だ。
「彼氏?」
読んでいる香澄の表情を見て、隣に座っていた同僚がこちらをのぞきこむ。
「うん…今日遅くにこっちに帰れそうだって」
「真崎さんも大変だよね、先週もどこか地方じゃなかった?」
「まぁデキる男だから仕方ないけど、待つ身は辛いよねぇ。今夜はしっかり甘えちゃえ!」
向かいに座る同僚はそう言うと、意味ありげににんまりと笑った。

ああ、こういう時に社内恋愛って困る。
付き合いを申し込まれた時、できれば周囲には内緒でこっそりとしたかったのに、彼はまったく無頓着。公私のケジメはしっかりつける人だから、仕事中に彼がどうこうとすることはないけれど、何かにつけて外野からコソコソ言われる私は、密かに身の置き場がなかったりする。

「でも帰ってくるのは深夜、最終になるらしいから」
なんでこんな言い訳してるのよ?私。
「いいじゃん、夜は長いのよ」
からかいは止まらない。
「あー真っ赤になっちゃって。カワイイったらありゃしない!」
「彼氏、メロメロになるのも頷けるわよねぇ」

豪快に笑う二人の声に、周りの人たちの注目まで集めてしまった。
お願いですから、もうカンベンしてください。
毎度友人たちにからかわれるのは仕方なけど、ここで観客まで巻き込んじゃうなんて恥ずかし過ぎる。

そんな彼女のささやかな願いが通じたのか、天井のスピーカーから音楽が流れてきた。
みんな一斉に立ち上がり、トレーの返却口に殺到する。
この話も早々に打ち切りになった。

助かった…。

『午後の仕事開始がこんなにありがたく思える日が来るなんて』
彼女は入社以来、初めて予鈴の音楽に感謝した。




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