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My ☆ Sugar Babe

chapterU  「Bitter」 な彼女 1



久しぶりに飲んじゃったなぁ。

早妃子は軽い頭痛を感じながら目を覚ました。
もともとお酒ならなんでも来い。今でも一人でワインのボトル1本を軽々と空ける酒豪の早妃子だが、昨夜はいささか飲み方が悪かった。
ビールとチューハイと焼酎と日本酒。出されたものを酌で勧められるままにどんどん飲んでしまった結果が、軽い二日酔いと胃の不快感だ。

さすがに若いころのように、無茶苦茶飲んでも翌朝スッキリなどというマジカルなことは望めない。だからここのところぐっと飲む量を控えてきたし、無茶な飲み方もしないように心掛けてきた。それをあっさりと覆すようなきっかけといって、思いつくのは……
「やっぱり無意識にあの招待状がダメージになってたのかなぁ」
先週届いた友人の披露宴の招待状。そろそろ出欠の返事を出さなければと思いつつ、添える一言が書けないままにデスクの引き出しにしまったままだった。

早妃子はまだうまく働かない頭を振った時に感じた不快感に、思わず唸った。
「うわ、頭痛い」
「主任、おはようございます」

自分の背後から聞こえた声に、早妃子は思わず「ひっ」と息を吸いこみながら、恐る恐る後ろを振り返った。
そこにいたのは、同じフロアにある営業部推進部の平岩直毅だった。
彼は自分よりも5年後輩。持ち前の営業センスと甘いマスクをフルに活かし、今では同期の郷原と並んで営推のエースと呼ばれている。その上、女性関係も派手らしく、浮いた噂が途切れないという社内きってのモテ男だ。
その彼が、どういうわけか自分のベッドにいた。それも上半身裸で……

「な、何でこんなところにあなたがいるのよ」
「何でって、そんなひどいですね、主任。二人であんなに熱く激しい夜を過ごしたのに」
「はげ、はげ、はげって、あなた」
あまりの衝撃に狼狽し、言葉が続かない早妃子に、平岩が美しくも妖しい笑みを向ける。
「『ハゲ』じゃないですよ、『は・げ・し・い』」
「わ、わかってるわよ、それくらい」
早妃子は動揺した。
どういうことか、彼女にはまったくその覚えがなかったからだ。
お酒を覚えてからというもの、何度か飲みすぎて前後不覚に陥ったことがあったが、それでもその時の記憶を完全になくしたことはない。

本当に自分はこの男とやっちゃったんだろうか。

32歳。それなりに男性経験も積んできたが、付き合ってもいない男と勢いだけでベッドを共にしたことは、嘗て一度もない。身持ちの堅さが信条の彼女は、まだ自分がしでかした事実を容認することができないでいた。

「なーんちゃって、嘘ですよ、主任。実は俺たち、『まだ』何もしていません」
「う、嘘ですってぇ?」
「ええ。だって主任、あなた帰ってくるなりベッドにバタンキュウで。家に帰ろうにも俺、携帯と財布をあなたに取られちゃってて、帰れないし」

そういえば、タクシーの中で鳴り出した彼の携帯を「煩い」といって取り上げた。それから「私が払う」と言ったのにタクシー代を出そうとする平岩の財布を取り上げた覚えも……ある。

それを思い出した早妃子は、慌ててベッドの下に落ちていたバッグの中をかき回した。男物の財布はすぐに出てきたが、彼の携帯だけが見つからない。

ジャケット。ジャケットのポケットだわ、きっと。

周囲を見回して昨夜来ていた半袖の上着を探すが、寝室には見当たらなかった。それどころか、穿いていたスカートも、カットソーも、どこにもない。そう気づいて改めて自分の姿を見おろすと最低限の下着姿で、ブラジャーとパンティを身に着けているだけだった。

「ぎゃぁぁぁ」
悲鳴を上げながら、彼が掛けていたタオルケットを奪い取ると、早妃子はそれを頭から被った。
「嫌だなぁ、主任、今さら。一晩中この格好で寝てたっていうのに」
それも俺の腕枕で、という平岩の声が呆然とした彼女の耳に遠く聞こえる。

うっわー、私、一体何してたんだろう?

言われてみれば、使い心地の良い枕だった。それにエアコンの効きすぎた部屋で適度に温かなぬくもりも、彼女を心地よい眠りに誘ったのは確かだ。まさかそれが隣に寝そべっている男のものだなどと思いもせずに。

「でもほら、せっかくのこのシチュエーションなんですから、ここは一つおはようのキスを」
「こらぁ、調子に乗んなよ、この軽薄男がぁ」
早妃子は肩から上だけをタオルケットから出すと、彼の鼻先に人差し指をびしっと突きつけた。
「軽薄男だなんて、ひどいなぁ」
赤くなりながらも何とか先輩の威厳を保とうと必死の早妃子の様子を見ると、平岩はふふんと鼻で笑いながらその手を掴んで自分の方へと引き寄せた。
「ちょっと〜ぉ、な、何を……」
「ですから、お目覚めのチューを」
「あ、あなたねぇ」
迫ってくる彼の顔を片手でブロックしながら、必死に逃げ道を探す早妃子の耳に、天の助けとも呼べる玄関のチャイムの音が聞こえてきた。

「あ、だ、誰か来た」
「居留守使いましょう、居留守。どうせ宅配便か訪販くらいですよ」
「アホか?こんな時間に来る宅配がどこにいる?」
見れば、時計の針はまだ朝の8時前。どう考えてもその手のものではない。
「とにかく出てみるわ。何か急ぎかもしれないし」
「ええ〜〜〜」
なぜか不満そうな平岩をベッドに残し、早妃子は慌てて部屋に吊るしてあったサンドレスを頭から被ると玄関に向かった。
その間にもしつこくチャイムの音は鳴り続けている。諦めないところをみると、訪問者は何か大事な用事でもあるのだろうか。
「はい?どちら様」
答えながらドアスコープをのぞいた彼女の顔から血の気が引く。
何でこの人がこんなところにいるのよ?

そうこうしている間に、ドアの向こうから苛ついた声が聞こえてきた。
「早妃子さん、いるんでしょう?早くドアを開けなさい」




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