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My ☆ Sugar Babe

chapterT  「Sweet」 な彼女 3



「『初めての』って……どういうこと?』
そして場面は最初に戻って、少し薄暗い居酒屋の廊下。
萌の突撃を不意にくらった郷原は、元々細めの目元を凄めて、更に険しい表情を作る。
「あの、ですから、私と、その、一晩一緒に過ごしていただけないかと……」
「君と?」
「はい」消え入りそうな声で彼女が答える。
「僕が?」
萌は小さく頷いた。
「って……一体どういうことだ?大体、僕は君がどういう人かも知らないし、君だって僕のことを知らないのに、なぜそんな早まったことを思いついたんだい?」
その呆れたような声と表情に、萌は思わず顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「考えてもご覧、君みたいな若い女の子が僕みたいな男に向かってそんなことを言うのは拙いよ。危険すぎる」
「危険……ですか?」
訳が分からないといった顔をする萌に、郷原は少し苛立ったように溜息を漏らした。
「当たり前だ。もし、僕が何か良からぬことを考えて、この話にのったとしたら、どうする?例えば僕に女性を縛る癖があるとか……」
「え?郷原さん、そんな趣味があったんですか?」
それは彼女が耳年増的に集めた情報でいうところの、SMというやつだろうか。
急に興味津々な目をした彼女を見た、郷原は手のひらで額を擦った。
「例えだよ、ものの例え。ちなみに僕はノーマルだ。今まで女を縛ったことはない」
「そうなんですか……」
なぜかひどくがっかりした様子の萌に、郷原は少し憮然とした顔をした。
「当たり前だ」
「でしたら、何も問題ないのでは?」
「あのなぁ……」
「おい、そんなところで何をやってるんだ」
突然背後から声をかけられた萌は、驚いて飛び上がった。
「何だ、平岩か」
「何だじゃないだろう?お前がなかなか戻ってこないから、こうして様子を見に来てやったのに」
「嘘つけ、どうせ一人であそこにいても周りの女どもが煩いから逃げ出してきたんだろう?」
「なんで分かるんだよ」
「いつものことだ」
そんなやり取りをする二人を見ているうちに、少し冷静さを取り戻した萌は、自分のしたことがとんでもなく恥ずかしいことだと思えてきた。どうやら郷原にはスカをくらったようだし、ここはひとまず退散するのが無難なところだろう。

「あの……すみません、私、あまりにも唐突でしたよね。し、失礼します」
萌は逃げるように駆け出したが、如何せん今夜の彼女はお酒を飲みすぎていた。
5メートルほど走ったところにあった段差に足をとられ、無様にその場に転がってしまった。
それはもう見事なまでに、大音響と共にばったりと。

「君、大丈夫か?」
郷原と平岩が駆け寄ってきたのを見た萌は、慌てて起き上がろうとしたが、足に感じた痛みに思わず息を呑んだ。
「あたたっ」
「ああ、ちょっと捻ったみたいだな。このままだとちょっとマズいなぁ。平岩、店員さんに言って、氷と冷たいおしぼりをもらってきてくれ」
「あ、平気です、このくらい」
そう強がって立ち上がろうとしたが、足を床につけただけでも痛みが走る。
「無理をしない方がいい。ほら、段々と腫れてきている」
見れば、右の足首が少し赤くなって、ぽっこりと膨らんできていた。
「ほら、郷原、保冷剤があったからもらってきた。これだと氷より長持ちするだろう」
平岩から受け取ったおしぼりで保冷剤を足首に固定すると、郷原は自分の肩を貸して萌を立ち上がらせた。
「もう今日はこのまま帰った方がよさそうだな。一度戻って荷物を取ってこよう」


戻ってみると座敷は宴もたけなわで、周囲は皆すっかり出来上がっていた。
先輩の六嶋が呼ばれたが、彼女もかなり飲んでいるようで、顔が真っ赤だ。
「どうしたの?メグ」
もじもじとして要領を得ない萌に代わって、郷原が簡潔に事情を説明した。
「トイレの先の段差で滑って転んだんですよ。で、足を捻挫したみたいなんで」
「ドジっ子」
「すみません、先輩……」
それを聞いた六嶋に呆れた顔そう言われた萌は、恥ずかしさのあまり半べそになりながら、席から持ってきてもらったバッグを受け取った。
片足を下につけない状態の彼女を見た六嶋はその場に皆を待たせ、幹事に何か一言二言耳打ちすると、大急ぎで自分の荷物を持って戻ってきた。
「それだと一人じゃ帰れないでしょう?私が送って行くわ」
そう言う六嶋の足元もかなり危なっかしい感じだ。
「他に誰か頼めそうな人はいないんですか?」
それを見た郷原が座敷を見回したが、業務グループの他のメンバーは見当たらない。
「あ、無理無理。係長は体調不良で不参加だし、武藤さんは一次会で帰っちゃったから。大丈夫よ、私はそんなに飲んでないって。ほらメグ、行くわよ」
「六嶋主任、靴、靴」
平岩の声に六嶋の足元に視線を落した郷原は、彼女が居酒屋のスリッパのままで帰ろうとしていたことに気がついた。
「やっぱり心配だ。僕ももう帰りますから、お二人とも送って行きますよ」
「え?お前帰るのか?だったら俺も帰ろうかな」
「えー平岩さんたち、帰っちゃうんですか?」
それを聞きつけた女性社員たちが口々に文句をいい始める。
いつもはなかなか接する機会のない部署の女の子たちが、彼ら目当てに2次会になだれ込んできていたのだ。
「ああ、帰る。お先に」
「ごめんね、みんな、ゆっくり楽しんで行って」
素っ気無い郷原と、愛想よく皆に挨拶する平沢。
想定外の成り行きでこの二人を従えて店を出た萌と六嶋は、二人ともども男性陣に支えられるようにしてタクシーを求めて大通りへと歩いて行ったのだった。



「おい、これって……どうするよ?」
空車のタクシーを待つ間に座らせておいたバス停のベンチですっかり寝入ってしまった六嶋を見た男二人は、溜息をついた。
「まぁ、ついてきて正解だったってことだな。あのまま二人で帰していたら、どうなってたことか」
「すみません、本当に。ご迷惑をお掛けして」
小さくなって謝る萌に、平岩が笑って首を振る。
「君よりもこのお姉様だよ。夏場とはいえ、まさか屋外で熟睡するとはねぇ」
大胆な女性だよ、と平岩が笑う。
その間に六嶋のバッグを失敬して、中から免許証を取り出した郷原が、何かを確認している。
「とにかく平岩、お前、六嶋主任を送っていってくれ。彼女の家はお前と同じ方向みたいだから。僕はこの子について行く。住所は多分ここでいいんだろう」
郷原に免許証を渡されると、彼はそれをポケットに入れた。
「わかった。郷原、送り狼になるなよ」
「お前に言われたくない」
そう言って2台のタクシーを止めると、それぞれに訳ありのパートナーを引き連れて乗り込んだ。


「すみません、本当にごめんなさい。あんなことを言った上に、多大なご迷惑をお掛けして」
タクシーに乗ってからも謝り続ける萌に、郷原は首を振った。
「もういいよ。そんなことより、君もかなり飲んでいたみたいだけど、そっちの方は大丈夫なのか?」
「ええ、そ、それがですね……ご迷惑ついでにもう一つ、さっきから気分が悪くって」
そう言って顔を上げた萌の顔色は真っ青で、吐き気を我慢して込み上げる生唾を飲み込んでいる有様だ。
「おい、待て。まだ吐くなよ。すみません、行き先を変更してください」
郷原の必死の形相に、タクシーの運転手も慌ててハンドルを切り、いつもにも増してスピードを上げて車を走らせたのだった。




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