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My ☆ Sugar Babe

chapterT  「Sweet」 な彼女 1



加藤萌(めぐみ)23歳。
この春大学を卒業して、この会社に就職した。
1ヶ月の研修期間を経て、配属されたのは営業部。その中の業務グループが彼女の職場となった。
営業部自体は総員80名余という大所帯だが、そのうち四分の一にあたる約20名は「営業推進部」という別枠で動いていて、主に新規ユーザーの開拓やリサーチを仕事としている。
萌が携わるのは、営業が相手先に持っていく見積の作成や、取ってきた契約の書面確認、管理が主な仕事で、実は営業推進部とはあまり接点がない。

「ほら、メグ、手がお留守になってるわよ」
先輩で担当指導員の六嶋(むとう)が両手で彼女の頬を挟んでこちらに向かせる。
「あ、すみません。この方どなたかと思って……」
配属されてまだ日が浅く、社員の顔と名前が一致しない彼女が手にしているのは、ある営業が持ち帰った契約書だった。
「ああーそれね。多分田中君のだわね。相変わらずきったない字だわ。これじゃぁ何が書いてあるのか読めないわねぇ、まったく」
書類につけられた手書きの付箋を指で弾きながら、六嶋が溜息をつく。
「字の上手下手でなく、もっと丁寧に書けばいいのよ。こんな風にちゃらっと書かれると、読まされる方はたまらないわよね」
六嶋はそう言うと、側にあった付箋紙に一言書いて、先に貼ってあった紙の上に貼り付けた。
『付箋に何書いてあるのか読めません!』

それを見た萌は思わず笑ってしまう。
こんなことが許されるのも、六嶋の人徳だろう。彼女は入社10年目、そこらの男性社員よりも断然社歴が長い。その上口が達者で仕事が速く、営業部の人間にとっては頼れる存在だった。
「さて、これは本人に突っ返しておくから。次いこうか」



萌の配属された業務グループは女性ばかり4人。
リーダーは佐東係長、営業部唯一の女性係長で、近々課長になるのではないかと噂されている。30代後半の独身、もちろん仕事のできるバリキャリだ。
それから前述の六嶋主任ともう一人、去年から派遣で来ている尾藤さんという女性がいる。
彼女は佐東や六嶋とはまったく正反対の、おっとりした性格で大人しい人だが、とにかく仕事は半端なく早い。彼女が3日休むと、業務グループは立ち行かずとんでもないことになってしまうだろう。
60人分のデスクワークを請け負うチームの負担軽減のために投入された新人の萌だが、彼女たちのようにバリバリしごとをこなすようになるまでには、まだかなりの経験を積まなければならないことは間違いない。
今はとにかく皆の足手まといにならないよう、必死に仕事を覚えるだけだ。


最初、配属先が営業部だと聞いた萌は、密かにバンザイ三唱をした。
というのも、彼女はこの会社に入るにあたり、ある期待をしていたからだ。
それは……
「社会人になったら、ぜーったいに彼氏を見つけるんだもん!」

萌は一人っ子の一人娘。
両親はもとより、近くに住む祖父母たちからも溺愛されてきた。それ自体はありがたいことなのだが、とにかく周囲はみんな彼女に対して過保護だった。
その一例が、彼女が通った学校だ。悪い虫がつかないようにと入れられたのは幼稚園から大学まで一貫したミッション系の女子校で、当然のことながら男の同級生なんて一人もいない。教師もほとんどが女性で、少数いた男の先生といえば、定年間近か、もしくは若くても神に仕える神父様というパターンがほとんどだった。

高校までは校則で、男女交際禁止。
そんなものを無視して他校の生徒と付き合っているツワモノも結構いたが、幸か不幸か萌のまわりにはそんな友人がいなかった。
その状況は彼女が大学生になっても変わらず、見つけたバイト先もなぜか女の人ばかりという有様で、合コンだって4年間の大学生活の中で、片手ほどしか行く機会がなかった。
つまりは彼氏をゲットするどころか、男性と接するチャンスさえあまりなかったのだ。その所以で、23歳になった今でもえっちはおろか、男の人とキスさえしたことがない。

「大体、大学生にもなって、門限が7時なんてねぇ」
学生時代、友人たちからは揃って信じられないと言われた。結婚式場の衣装室のアルバイトも土日の昼間がほとんどで、夜の時間は入れなかった。親元を離れ、好き勝手をしている友人たちを横目に見ながら羨ましいとは思いつつも、自分はまだ親掛かりの身だから仕方がないと我慢した彼女だったが、もうちょっと自由が欲しいと思ったのも確かだ。
だから就職先には、わざと家から通えない、遠い場所にある会社を選んだ。入社の一次試験をパスして、二次の面接を受ける段になって初めてそれを明かした時、もちろん周囲には大反対された。
「何もそんなところまで行く必要はない」と言う父親や、心配そうに成り行きを見守る母親。祖父母に至っては、「就職なんぞしなくても、学校を出たらすぐに婿をもらえばいいじゃないか」と恐ろしいことを言い出す始末だった。

その時にはまだ、「もしかしたら面接で落とされるかも」という不安もあって強くは出られなかった萌だが、何とか無事採用が決まり、内定をもらった時点で家を出て一人暮らしをすると宣言した。
この就職難の時代、名の通った会社に入ることがどれだけ大変かを主張する彼女に、両親は渋々ながら一人暮らしを認めてくれた。
両親の出してきた条件で、住むのはセキュリティーのしっかりした独身者用のマンションになった。そのせいで、会社の家賃補助を合わせても社会人一年生の萌にとってはちょっと厳しい家賃を払うことになってしまったのだが、そこでなければ両親がうんと言わなかったのだから仕方がない。
こうして紆余曲折を経て、やっと始めた念願の一人暮らし。
いつ寝ても、ご飯を食べても誰にも何も言われないし、休みの日に一日中パジャマでうろうろしたって怒られない。
生まれて初めて家族の干渉から逃れた彼女は、夢だった自由を満喫していた。
そうなると次に来るのはやっぱり
「お休みの日を一緒に過ごす、彼氏か欲しい〜〜〜」
である。



この会社に入って数ヶ月、最初は男性の比率が高いことに驚いた。いや、世間ではこれが普通なのかもしれないが、常に女性が多数を占める環境に長くいた萌には、ちょっとしたカルチャーショックだった。
社内でもわりと女性が多い総務経理に比べ、外回りをする部署には男性が多い。
特に営業関係は男性の比率が圧倒的に高く、萌のいるフロアーは業務チームの4人と電話応対を主にする営業事務の3人、それに営業職の女性5人以外はすべて男性だ。
老若問わず、周囲には男の人がわさわさ。最初に見た時には、思わず「選り取りみどり。もしかして、これって入れ食い?」と思ってしまったほどだった。
こうなったら何が何でもここで彼氏を見つけてやる!
そう意気込んだ萌だったが、暫くすると実際目にする男性の様子に少々辟易気味になっていった。
時間にルーズだったり、口ばかりで行動が伴わなかったり、妙に馴れ馴れしい人がいるかと思えば、女を見下したように、頭ごなしの命令口調で指図してくる者もいた。いくら見た目が良くても、性格が悪くて中身がすっからかんではどうにもならない。職場という狭く限られた環境で間近に接していると、どうしてもその人の粗が目に付いて幻滅してしまう。
一方で、当たりが柔らかで「いいな」と思うような男性は既婚者か、彼女がいるかのどちらかで、彼女の手の届かない人ばかりだ。

ああ、やっぱりこういう人から順に売れていくんだなぁ……

相手にそんな高望みするつもりはないけれど、やっぱり恋人にするとなるとある程度の礼儀や節度というものも必要だ、と彼女は思う。それに生理的に受け付けない、一緒にいたいと思わないような男の人と付き合うことは、実際問題無理な話だ。

「確かに独身の、若い男の人なら誰でもってわけにはいかないのよねぇ」

社会人になって初めて知った「男性」の本性に嫌気がさし始めたそんな時、偶然目にしたのが、同じフロアにある隣の部署、営業推進部の若い男性社員だった。



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