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月の宴 華の乱 エピローグ 



あれから三度の春と三度の秋が過ぎた。
幾度かあった戦も無事乗り越え、右近の土地は変わらず栄えている。
昨年の今頃は出陣していた重定も、今年はここで穏やかな春を迎えようとしていた。

「桜が咲くのも、もうすぐだな」
庭に出た重定が枝を指す。
「今年は殿とご一緒に、ちゃんとしたお花見ができると思っておりましたのに…」
息を切らして歩く鈴の後ろで夫が笑う。
「あと数日、そなたが辛抱できればな」
このところの陽気で桜の蕾も急に膨らみ、あとは咲くばかりとその時を待っている。その姿は、まるで指折り数えてその日を待つ二人を擬(なぞら)えているようにも思える。


「お方様、お戻りくださいませ。足元が危のうございます」
奥から千代の呼ぶ声が聞こえてくる。

「やれやれ。千代が戻ってくると途端にここも騒がしくなる」
苦笑いを浮かべる重定の腕を、鈴が軽く叩く。
「殿、そのようなことを言ってはなりませぬ。お千代は無理を聞いて戻ってきてくれたのですからね。ありがたく思わなければ」

年明けに二人目の子を出産した千代は、鈴のたっての願いで早くも務めに戻ってきていた。
慣れ親しんだ奥に、新たなお役目を受けて張り切る千代の活気ある声が響いている。

「さあ、あまり動くと身体に障る。そろそろ中へ戻るがよい」
よろよろと歩く鈴の身体を支えながら置石を渡る。
並んで縁側に腰を下ろすと、横で鈴がはち切れそうに大きくなった腹を大事そうに擦っていた。
それを見た重定の顔が柔らかにほころぶ。

この小さな嵐が世に出てくるのもすぐのこと。
今年の春は荒れるだろうて。
まったくもって、楽しみなことだ…。

早春の暖かな日差しの下、顔を見合わせた夫婦が睦まじく微笑みあう姿を、膨らんだ桜の蕾がそっと見守っていた。



< 完 >





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