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月の宴 華の乱 その六 



鈴は夢と現(うつつ)の間を漂っていた。
目覚める前の早朝のひと時。
辺りは清々しい生気に満ち、小鳥たちの囀りが障子越しに聞こえてくる。
ひんやりした空気に晒されながらも背中を包む人肌の温かさが心地よかった。

こんなふうに誰かと添い寝なんて、童女だった頃に乳母の久にしてもらって以来だ。
静かに横たわったまま、あと暫くその贅沢に身を委ねようとしたその時、彼女の頭に急に現実が戻ってきた。

添い寝?

慌てて後ろを振り返ると、そこには昨夜夫となったばかりである重定が起き上がろうとしていた。

「何か羽織らねば風邪をひくぞ」
ふと目を落とした自分の姿に思わず「ひっ」と息を呑んだ。
一糸纏わぬ裸だった。
その上、あろうことか今までずっと背中から重定の衣に一緒に包まれていたのだ。

思わず床から飛び起きると、傍らに丸まっていた自分の小袖を掻き抱き、露になっていた胸を隠した。
「も、もう朝になったから、お、お帰りください」
羞恥に顔を赤く染めながらやっとのことでそれだけ言うと、鈴はそそくさと屏風の後ろに逃げ込んだ。

目隠しの向こうから遠慮のない笑い声が聞こえてくる。
陰からそっとのぞくと、そこには体を震わせて哄笑する重定の姿があった。

「は、早くあ、あっちに行って!」
恥ずかしさでしどろもどろになる鈴の様子に、収まりかけていた笑いが再び込み上げた彼は息を詰まらせながら苦しそうにひくついている。

「何を今更。その格好で一晩中ずっと俺の腕の中で眠っていたものを」

顔だけでなく体中が赤くなっていくのが分かった。
選りにも選って、あの男に抱かれたまま眠ってしまったなんて!

笑い声が途切れ、急に静かになる。
ふと見ると、気づかないうちに彼が側まで来ていた。
射抜かれたように動けない鈴の手から衣を落すと、重定は彼女を軽々と抱き上げ寝床に戻った。
「まだ朝も早い。皆、昨晩の宴の余韻で誰も起き出してはこまいぞ」


今度は彼も急がなかった。
肌で、指で、唇で。ゆっくりと時間をかけて、鈴の身体が柔らかく彼に応えるようになるまで解していった。
合わせていた唇が離れ、首筋から胸へ、そして脇から臍へと流れていく。
最後に潤いきらない秘所の入口に辿り着いた時、それに気付いた鈴は取り乱した叫び声を上げた。
「そ、そんな所を。お止めくださいませ」
だが重定はうろたえる彼女を上目遣いにちらりと見ただけで、すぐさま唇をそこに這わせる。
自らの手でさえ触れたことのない奥の方まで舌を差し込まれると、今まで感じたことのない快感と羞恥が捩り合わされて、知らず知らずに身体が震えた。

暫く後、彼女が解れたのを見定めた彼が再び入ってきた。
昨夜の営みを思い出し、一瞬身体を硬くした鈴は、思いのほか辛さがないことを知って安堵した。
まだ内の方に痛みや違和感はあるが、少なくとも身ごと引きちぎられるような思いはしなくてすんだ。

重定は腰を打ち付ける強さを変え、場所を変えてはその反応を伺ってくる。
煽りに応じまいとしてはみたが、このことについては経験が勝る彼の方に分があった。
耐えようとする心とは裏腹に、体は貪欲に彼の与える快楽を貪ろうとする。
抗えない悦びの波に浚われるように、鈴は次第に彼の意のままに翻弄されていった。


ことが終わり、重定の重い体が鈴の上に沈んでくる。
まだ彼のものは自分の中にあり、精を放った余韻を楽しむかのように蠢いているのを感じる。
ぼんやりと、たゆたうような感覚に満たされながらもそれを押し遣り、鈴は男の体の下から逃れようと身を捩った。

一刻も早く、繋がった身体を離したかった。
仇と思う男の体を嫌悪することなく、その所業を抵抗なく受け入れた自分がどうしようもなく浅ましく思えた。嫌がるどころか二度目の時には重定の求めに応じて自ら身体を開いていったのだから。

鈴の足掻きを物ともせず、重定は逃げようとする身体を捕まえるとゆっくりと腕の中に引き戻す。もとより力の抜け落ちた今の鈴の身体では、その場に立ち上がることさえできなかっただろうけれど。

「良くなかったのか?」
重定が敷布に散った鈴の長い乱れ髪を梳く。
「し、知りませぬ」
無骨な指が髪を離れ剥き出しの背中を彷徨うと、顔を背けたものの彼女の身体は快感に小さく震えた。
それを見た重定の口元が満足げに緩む。

「まぁ良い。そのうち身体も馴染んでこよう。辛いのは今のうちだけだ。赤子の一人や二人も産む頃には善がり方も分かってくるというものだ」

一瞬で鈴の身体が硬直した。
彼の言葉で再び冷たい現実に引き戻される。

赤子など望めるはずもない。
この男は仇。
家を、国を、そして景之を滅ぼした憎むべき敵なのだ。

「できませぬ」

呻きと紛うほどの掠れた声で鈴が抗う。
「この身体をいかに弄られようとも今は恥を甘んじ生きましょう。しかし子を生すことは断じてできませぬ。殿の、相良の仇たる右近の係累を我が腹から出すことだけは、誰が許しても…このわたくしが許せぬのです」




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