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Lovers Concerto 9


「入っちゃいけないって言われていた場所に忍び込むとなぜかママに見つかっちゃって。いつも怒られてたなぁ。それをパパや真音ちゃんが宥めてくれていたんだけど」
「そうそう、何でママ・シェリーはあなたの悪戯にはすぐ気が付くのかなって思いながら見ていたのよ」
「多分ママの後ろ頭かどこかにセンサーが付いていたんだよ。だからキッチンで用事をしていても、すぐにレッスン室まで追いかけてきて……そりゃもうおっかない、声で怒られた記憶があるなぁ」

両親と死別した時、詩音はわずか4歳。
すでに成人間近だった姉と違い、彼女は母親のことさえ後に写真で見て認識しているだけで、実際は断片的な記憶しか残されていない。
「パパが私たちに怒ったことなんて一度もないような気がするわ」
「そうだね。パパはいつもにこにこ笑って、真音ちゃんや私を見ていたよね」


ここは別荘の一階。
普段は来客用にしてある予備のツインルームに、二人は並んで横になっていた。
実家に帰った時などに共に過ごすことはあっても、姉妹が一緒に眠る機会など今では滅多にない。そのせいか、二人は思いつくままに昔の思い出話に花を咲かせていた。

「ねぇ、詩音。あなた、どうして音楽が嫌いになっちゃったの?」
突然真音が妹に問いかける。
「どうしてって……嫌いになったことなんて一度もないけど」
急に水を向けられた詩音は思わず答えに詰まった。
「だって、赤ちゃんの頃からずっとパパの演奏を聴いて育ったあなたが、急にバイオリンの音を嫌がるようになったでしょう?」
「べ、別に嫌がっていたわけじゃ……」
「今日だって、あなた、パパのバイオリンを懐かしがっているように見えて、実はずっと心の中では聞きたくないって思っているんじゃないかって、ニコが」
「ニコラスが?」
「ええ。あなたが全身でバイオリンの音を拒否しているって」
「拒否?」
詩音が驚いたようにベッドから半身を起こした。
確かに自分の中にバイオリンに対して釈然としない感情があることは認める。だが、彼女は決してそれが「否定」につながるものだとは思っていないし、そうしている自覚もない。

「今でも時々考えるの。もし、パパとママ・シェリーが生きていたら、あなたにはもっとほかの選択肢が与えられていたかもしれない。それが音楽に関係するものかそうでないかは分からないけど……少なくとも両親がいなくて、頼れるものがないという不自由な思いだけはしなくて済んだでしょう?」
「でも私には真音ちゃんがいてくれたから……」
「ううん。私がもう少し大人で……もっと早く自分の進む道を決断することができていたら、あなたをあちこち引っ張りまわすこともなかった。あなたには本当に申し訳なかったと思っているわ」
「申し訳ないなんて……」
その時、戸惑う妹の方を見つめながら話していた真音が、悲しそうに微笑んだ。
「ごめんね、詩音」
「そ、そんな。私、真音ちゃんに感謝こそすれ謝られるようなことは一つもない。だってあの時、真音ちゃんは……お姉ちゃんは私のせいで音楽を諦めたんでしょう?もし私が、私さえいなければ、あのまま真音ちゃんは音楽学校に、ジュリアードに行って、バイオリニストの道を進むことができたんでしょう?」
「詩音?」
今度は真音が驚いた顔で起き上がる。
「私のせいって、まさか詩音、あなた……もしかして、今までずっとそんなことを考えていたの?」
詩音は自分が言った言葉にはっとして、両手で口元を覆った。
「一体誰が、そんな根も葉もないことをあなたに吹き込んだの?」
いつも穏やかな姉の、滅多にない怒りを含んだ口調に詩音は身体を強張らせた。
「だ、だって……」
誰にも、直接言われたことはない。だが、親戚や、知り合いの音楽関係者たちの噂話は否応なく詩音の耳にも入って来た。まだ幼かった詩音にその全てを理解することはできなかったが、自分のことさえなければ、姉は間違いなく父親と同じく世界を舞台に一流の演奏家として名を馳せたであろうということを、そしてその芽を潰してしまったのが自分であるということを、彼女は子供心に何となく感じ取ってしまったのだ。
「そんなわけがないでしょう?」
「でも、私がいたせいで、真音ちゃんは……私がお姉ちゃんの将来をぶち壊したようなものでしょう?」
「詩音」
真音は上掛けから出るとショールを羽織り、詩音のところに歩み寄る。そしてベッドの縁に腰掛け、膝を抱き俯く妹の肩を抱いた。
「それは違うわ」
「でも」
「私がバイオリンを止めた本当の理由はね……パパのせいなのよ」




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