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Lovers Concerto 7


空港で二人を出迎えたのは、嶺河の兄の妻である陽南子だった。
「詩音ちゃん、お帰りなさい」
長身にびしっとシャネルのスーツを着こなしたその様子は、いかにもセレブの奥様といった趣だ。しかし実は彼女の本業は建設作業員で、大会社のオーナーである大地と結婚した今も、現役で工事の現場に出ていた。
「陽南子さん、わざわざすみません。で、今日のその格好は?」
「うん、ケッタイな役員会議?ってやつに引っ張り出される予定なの。出張中の主人の代わりに」
彼女は嫌そうに唇を歪めると、大きく肩を竦めた。

陽南子は何事も堅苦しいことが苦手だと聞いている。
義兄の嶺河から聞いた話だと、彼女はかなりの切れ者で、インテリジェンスに富んだ女性だということだが、何分にも大雑把が信条と言って憚らない人なのだそうだ。
長身ですらりとスタイルが良く、見た目はそこらのモデルに引けを取らないバランスの良さを持っているのに、着る物にはてんで無頓着。まるで男性のようなさっぱりした言動と性格で、初対面の時の詩音でさえ「男前な女性だ」と密かにファンになってしまったくらいだった。

「で、そちらは?」
「あ、彼が姉に会いたいと言って来た知人です」
そう言って、詩音は自分の後ろにいたニコラスを紹介する。
「こちら、ニコラス・ヴァーノン。怪しいですが、自称ピアニストです。で、こちらが陽南子さん。真音ちゃんの義理のお兄さんの奥さんです」
「怪しいって……なかなか言うわね詩音ちゃん。こんにちは、初めましてミスターヴァーノン。朝倉陽南子です」
差し出された手を軽く握ったかと思うと、ニコラスはその甲に唇を寄せた。
「ちょ、ちょっとニコラス、何してるのよ」
慌てて詩音が止めようとしたが、彼はどこ吹く風と言った具合だ。咄嗟のことに、陽南子も目を丸くして自分の手を見つめてる。
「ふぅん、見た目通りのキザ野郎だわね。ま、今日は大目に見ておくわ。詩音ちゃんの顔を立てて」
陽南子がにやりと意地の悪い笑いを浮かべる。
「次は遠慮なくぶん投げるわよ。って、よく言い聞かせておいてね」


空港の玄関には、すでに迎えの車が待たせてあったようだ。
「車はウチのを使って。運転手に目的地まで直接行くよう指示してあるから」
「すみません」
「お安い御用よ。それじゃ、気を付けて。真音さんによろしくね」

そのまま高速を走ること2時間。
車は真音が滞在する別荘に到着した。
「いらっしゃい」
玄関で二人を出迎えた真音と、その横にはなぜか嶺河の姿もある。
「あれ?どうしたんですか?今日って平日じゃ……?」
「詩音ちゃんがこっちに来るって聞いたから、滞在を延ばしたんだ。だから空港に出迎えにも行けなくて、ごめん」
「そうだったんだ。だから陽南子さんが来てくれたんですね。私、てっきり嶺河さんは忙しくて来れなかったんだとばかり思っていました」
そんな会話をしている二人の側で、真音とニコラスも微笑み合っていた。
「お久しぶりね、リトル・ニコ」
「マオ、もうその呼び方は止めてくれない?そんな年でもないし」
「ああ、ごめんなさい。でもノンノ・ロレンツォがいつもそう呼んでいたからつい、ね」
「……そっか、マオが『行けない』ってこういうことだったんだ」
ニコラスは彼女の頭の先からつま先までつらつらと見て、ぼそりと呟いた。
現在妊娠7か月に入ろうかという真音のお腹はかなり目立ち始めている。これでは地球を半周などという長時間の飛行機での移動はとてもできないだろう。
「詩音は理由を言わなかったの?」
「だって……まさか自分から行くなんて言い出すと思わなかったから。言いそびれたのよ」
ちょっと拗ねたように下を向く妹に、真音が訳知り顔で笑った。
「そう……とにかく、二人とも入って。話は中でゆっくりしましょう」



天井に大きなファンのついた、広いリビング。
そこの長いソファに詩音と真音が並び、一人掛けのスツールにニコラス、そして嶺河はそのまま床のクッションに座っている。
ニコラスが持って来たケースを開け覆い布を取り去ると、中に入っているバイオリンが出てきた。
「これが……そうなのか」
嶺河は、初めて見る名器に驚きの声を上げた。
「多分……父のストラディバリウスに間違いないと思うわ。私も20年近く前に見たのが最後だから、絶対とは言えないけれど」
そう言うと真音はケースから取り出したバイオリンを裏返したり光にかざしたりしてそのラベルや傷を確かめる。
「コンディションは最高に保たれているみたい。さすが、ロレンツォが管理してくれていただけのことはあるわね」
「そりゃ、そうさ。じいさんは元気なうちは誰にもそれを触らせなかったんだから。定期的に保管庫から出してはメンテナンスや調弦なんかもしていたし。俺なんて、側にも近寄らせてもらえなかったんだぜ」
それを聞いた真音は、くすくす笑いながら取り出したバイオリンを再びケースに戻そうとした。
「マオ、弾いてみれば?」
「えっ?でも……」
躊躇う真音に、ニコラスが周囲を見回しながら演奏を促す。
「元々は君たちの父親のものだ。それにこの中でこれを奏でることができるのは、君しかいないだろう?」
「いいの?」
ニコラスは頷くと弓をケースから外して彼女に手渡す。
「ほら、何でもいいから一曲」

真音はその弓を受け取り、バイオリンを持って立ち上がった。リビングの中央に立ち、軽く弦を弾き音階を整えてから、小さく息を吐き出す。
そして顎当てにハンカチを置き、バイオリンを顎と肩で挟むと、弦に弓を乗せて滑らせ始める。
姉の指先が奏でるのは、温かくて柔らかく、そして詩音にとっては懐かしい音だった。

「シオン?」
呆然とした表情で、涙を流しながらその音に聞き入る彼女に、ニコラスが呼びかけた。
「パパと同じ音なの」
「ん?何だって?」
訳の分からないことを呟く詩音に、ニコラスが怪訝そうな顔をする。
「これはパパの……パパのバイオリンの音よ」




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