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復讐は甘美な罠 31


グエンドリンの葬儀は、多くの弔問客が参列する盛大なものとなった。
ここ数年は体調を崩しがちで、公の席に出ることはほとんどなかった彼女だが、生前に手広く慈善活動を手がけていたこともあって、財界だけでなく、あらゆる方面からも故人を悼む声が寄せられていた。


葬儀に際して、大統領を始めとして、州知事、上下院議員たちからも数多くの弔電が送られてきたたことに目を丸くしたレイチェルだったが、それ以上に驚いたのは、グエンドリンの母国、イギリスから弔問に訪れた親族たちの存在だった。
グエンが貴族の出身であることは知っていたが、親族である彼らは皆「ロード」の称号をもつ現役の貴族たちだった。中にはヨーロッパの小国の王子に嫁いだプリンセスの名代だという者もいた。

結婚してからもあまり外に目を向ける機会がなかったレイチェルだが、今更ながらにハミルトンという家の持つ巨大な富と、権力を示す血縁の凄さを思い知らされたような気がした。
そんな中にあって、レイチェルが臆することなく、曲りなりにもハミルトンの新たな女主人として一連の行事を仕切ることが出来たのは、偏にグエンから受けた教育の賜物に他ならない。
一生使うことも無いだろうとさえ思っていた、上流社会の冠婚葬祭の知識がこんなに早く必要になるなんて、あの頃には考えたこともなかったことだ。


スケジュールどおりに粛々と弔事が執り行われる中、グラントは対外的なことをすべて一人で取り仕切っていた。
表面的には平静を保っているが、二人になると疲労の色を滲ませるグラントに、レイチェルは献身的に尽くした。二人は常に寄り添い、悲しみに飲み込まれないように互いを励ましあった。
そして、少しでも彼が体を休める時間を取れるようにと、レイチェルは全ての行事に同行し、文字通り影から彼を支え続けたのだった。



葬儀からひと月後、近しい親族だけを集めてグエンドリンの遺言状が公開された。

彼女が個人的に所有していた、屋敷の敷地内にあるマナーハウスを始めとして、隣接する牧場、市街地にあるマンションはすべてレイチェルに譲られることになっていた。
宝飾品も代々のミセス・ハミルトンが引き継いできたものは次世代のミセス・ハミルトンであるレイチェルに、それ以外は高価な絵画や美術品と共にオークションにかけて、収益金を慈善団体に寄付するように指示がされていた。
その他の預貯金、株等のお金に関することの処理はすべてグラントに一任することになっている。

親族の中にはレイチェルが多くの遺産を受け取ることになったことに不満を漏らす者もいたが、グラントが後ろ盾になってそれを抑え込んだ。
だが、肝心のレイチェル自身がそれらをどう扱ってよいのかがわからなかった。
特にマナーハウスは、現在は使われていないが、由緒ある建物で、定期的にメンテナンスをしなければ維持管理が難しいと聞いている。
市街地にあるマンションは、不要であれば売ってしまっても構わないとグラントにいわれたが、グエンのものに勝手に手を付けることなど、レイチェルにはとてもできそうになかった。



「グラントとレイチェル・ハミルトンご夫妻は、この後別室においで下さい」
公開が終わり三々五々に解散となった後で、立ち会ったローランド弁護士に呼び止められた二人は、何事かと怪訝そうに顔を見合わせた。

「お二人にこれをお渡しするよう、ミセス・グエンドリン・スペンサー・ハミルトン…グエンから言付かっていました」
通された応接室で、差し出されたのは一通の大型の書類封筒だった。
グラントがそれを受け取り、厳重に封印された封緘を破る。
中から出てきたのは数枚の書類だった。
内容は、埋葬場所の移設許可証と、新たな墓所の使用許可証、それに、埋葬位置の指示書や墓碑の発注書までが同封されていた。
だが、グエンの葬儀関係のことは、すべてグラントが手続きを済ませたはずだ。それに、彼女の埋葬に「移設許可証」の必要はない。

「これは…?」
側からのぞきこんだレイチェルが、書類の中に書き込まれた名前を見て、思わず息を呑む。
「そうです。妹さんの、ミズ・マデリン・ローガンの再埋葬のための書類です」


通常、ハミルトン家の代々の当主は、屋敷の敷地内にある教会の専用の墓所に、夫人と隣りあわせで埋葬される。早世した未婚の子供があれば彼らも同じ区画に葬られるのが慣わしで、現在はジェフリーの墓もそこにあった。
書類では、マデリンの新たな墓をジェフリーが埋葬された場所の隣にするように指示がされていた。

「グエンは最初から、何もかもご存知でした。ミズ・マデリンのことも、アレックスがレイチェル…あなたの本当の息子さんでないことも」

グエンドリンがアレックスの存在を知ったのは、ジェフリーが他界した後だったことは間違いない。そうでなければ、もっと早くに何だかの手段を用いて彼らとの接触を図ったであろうとは、ローランドの弁だ。
当初はグエンも悠長に構えていて、この先アレックスが成長していく段階で追々に金銭的な援助ができれば、と考えていたようだった。だが、病に倒れ、自分に残された時間は僅かだと悟った時、ついに直接手を下す決断をするに至ったのだ。
そして、レイチェルの人となりを見込んだ後は、彼女も巻き込んで、丸ごとハミルトンに取り込むという画策に出た、と彼は踏んでいた。

「でもお祖母様は、そんなことは一言も…」
ショックを受けたレイチェルは、信じられないという顔でグラントを見た。
「グエンはこの家に嫁いでから50年以上、ハミルトン家の中心にいた人です。彼女の力を侮ってはいけません。」


マデリンの墓をジェフリーの隣に移設するということには、別に大きな意味があった。
この墓地にハミルトン家以外の人間が葬られたことは過去に一度も無い。言い換えれば、ここに埋葬が許されるということは、どういった形であれ、マデリンもハミルトン家の一員として、もっと言えばジェフリーの隣という埋葬場所からは彼の伴侶として、公に認められたのと同じことになる。

「工事自体は春になってからという予定になっています。まだ少し先ですね。
グエンは、自分がそれまで生きられないと分かっていたのでしょう。だから遺言状とは別に、私にこれを託されたのだと思います」

ローランドはそう言うと、再び書類を受け取り、封筒の中に戻した。
「これを手渡す時、彼女は私にこう告げられました。
『間接的ではあったとしても、彼らを引き離してしまったのは自分だ。いくら悔やんでも悔やみきれないが、今となっては、どうにもならない。だから、せめてもの罪滅ぼしは、この二人を元に…本来あるべき所に戻してやること。自分にできることはもうそれしか残ってはいないのだ』と」

それを聞いていたレイチェルは、緊張の糸が切れたようにその場に泣き崩れた。
いつも彼女を温かく見守ってくれたグエンドリンの優しい顔が脳裏に浮かぶ。あの穏やかな表情の下には一体どれだけ多くの苦悩が隠されていたのだろう。
重荷を背負ったままこの世を去ったのか。それとも心安らかにあの世へと旅立つことが出来たのだろうか。
今となっては、誰もそれを知ることはできないのだ。



遺言状の処理が一通り終わった頃、レイチェルは新たな働き口を探し始めた。
以前勤めていた病院も復職できないことはないだろうが、屋敷から通勤するには遠すぎる。
シッターのリンが引き続きアレックスの世話をしてくれることになっているので、そちらの心配をする必要は無かったが、夜勤や早出のシフトがある勤務体制に組み込まれることは、現状ではやはり無理があった。

看護師仲間の紹介で、屋敷から車で15分ほどのところにある小さな公立の診療所が看護師を探していることを聞いたレイチェルは、すぐに面接を受けた。
大きな病院からの派遣の医師が数名、交代制で診察をしている診療所で、お世辞にも設備が充実しているとはいえなかったが、低所得者層の患者が多く、いつもごった返している状態だ。
責任者から、後で連絡が入ることになっているが、多分間違いなく採用されるだろうと言われた。それくらい慢性的に人材が不足しているということだった。



その日の夕方、珍しく早く帰宅してきたグラントは、家に着くなりレイチェルを書斎に呼びつけた。
見るからに機嫌が悪い彼の様子に、レイチェルは何事があったのかと首を捻る。
今朝、家を出るまでは普通に出勤して行ったのだが。

「一体、君は何を考えているんだ?」
彼女がドアを入ると、いきなりグラントの怒声が飛んできた。
何が何だか分からないという顔をするレイチェルに、グラントは苛立たしげな視線を向けた。

「今日、君に関する問い合わせの電話が入った。『レイチェル・ハミルトン看護師の人となりを照会したい』という電話がね」




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