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復讐は甘美な罠 29


レイチェルはいつものパジャマの上からナイトガウンを羽織り、ドアの前に立っていた。
もう少し雰囲気のあるセクシーなネグリジェでもあればよいのだろうが、最初からこんな展開を期待していたわけではないので、生憎とそんな物は持ち合わせていない。

新婚夫婦用に、と宛がわれたこの部屋は、以前はグラントの両親の寝室だったところを改装したのだと聞いている。
結婚してから、レイチェルは一度だけこの部屋に入る機会があった。
ウェディングドレスをクローゼットに納める時だ。それ以外の洋服は、まだ今まで使っていた部屋に置いたままになっていて、ここには移していない。
それからは一度も足を踏み入れることがなかった部屋だった。


扉をノックすると、音が重く辺りに響く。

応えがないまま、ドアが静かに開いた。
のぞいた部屋は薄暗く、奥にあるベッドサイドのランプの灯りだけが点されているのが見える。レイチェルは無言で中に滑りこみ、ドアを閉めて部屋の方を振り返ると、どこから現れたのか、すぐ目の前にグラントが立ちふさがっていた。

「来たんだな」
「ええ…来たわ」
グラントの腕が伸びてきて、彼女を閉じ込めた。
「本当にいいんだね」
レイチェルが頷く。
「ならば、もう一度あの時の言葉をきかせてくれないか」
「あの時の言葉?」
「ああ、あの時の、あの言葉だ」
思い出したレイチェルが頬を赤らめる。
あんなに直情的な言葉を口にしたことはない。だが、あの時は夢中でそれを彼に訴えた。
そして今、彼女はあの時以上に彼を欲している。

「グラント…私を、抱いて」

グラントが顔を近づけてくる。
唇が重なった瞬間、レイチェルは甘い呻き声を漏らした。

最初は、優しく探るようなキスだった。
合わせただけの唇から、彼の体温が伝わってくる。
その間も彼の手はレイチェルの背中をさすり、ウエストやヒップの形を確かめるようにゆっくりと下に向かって降りていく。衣服越しにもその熱さが感じられるようだった。
下唇を軽く噛まれ、思わず口を開くと、同時に彼の舌が滑りこんでくる。
段々と深くなる口づけに、膝が震え、息が上る。
耐え切れなくなったレイチェルが彼のガウンに縋り付くと、グラントは彼女をさっと抱き上げて、部屋の奥へと向かった。


下ろされたベッドは、余裕で大人が3、4人は寝られそうな大きさだ。
良すぎるクッションで体がマットレスに飲み込まれそうになったが、上からグラントが圧し掛かると、更に身体は深く沈んだ。
グラントは体と口づけでレイチェルをベッドに張り付けながら、彼女のガウンのベルトを解いて袷を開く。その下から顔を見せたパジャマは厚いフランネルで、暖かそうなピンクの生地にプリントされた白いくまの絵柄が何とも可愛らしいものだった。
上からまじまじとその姿を見つめられ、レイチェルは決まり悪そうに赤くなった。
「ごめんなさい、こんな格好で」

去年の冬、ちょうどアレックスが生まれた頃にもよく着ていたのだが、そのせいかあの子は今でも体調が悪くぐずった時などは、このパジャマの裾を握り締めて寝ていることがある。色、肌触り、香り、何が彼を落ち着かせるのかは分からないが、アレックスに添い寝する時にはなくてはならない物だった。
「アレックスのお気に入りなんだろう?」
入院中は添い寝ができないので、アレックスはこのパジャマを枕元に置き、顔を埋めて眠っていた。それを見ていたグラントは、これは「ライナスの毛布」のようなものだろうと解釈したのだ。
頷くレイチェルを見て、グラントの瞳が楽しそうに輝く。
「じゃぁ、今度私のお気に入りをプレゼントしよう。二人のときはそれを着てくれ」


彼の手が身体の上を滑るように動き回り、気づいた時にはレイチェルのパジャマのズボンはベッドの下に落ちていた。上着の方も完全に肌蹴てしまい、今や服の用をなしてはいない有様だ。
今夜はちゃんとブラジャーを着けていた。いつもは寝る前にシャワーを浴びたら外してしまうのだが、そうするとあからさまに彼を誘っているみたいで嫌だったからだ。
グラントが下着越しに胸の先端を探り出し、指先で玩ぶ。
レースの生地に擦られた胸のふくらみが、息をするたびに大きく上下を繰り返し、彼の掌を押し返す。グラントが器用に指を乳房の間に差し込み、フロントホックを外すと、締め付けを解かれた胸が一層大きく波打ち、彼の唇を誘った。
白く豊かなふくらみの先端に、濃いばら色の尖りがつんと上を向いている。
「ああ、なんてきれいなんだ…」
低い声で耳元に囁かれると、思わず身体の芯が温んでくるのを感じる。
胸の頂を軽く食まれ、湿った舌が焦らすように円を描いて蠢くと、レイチェルが腰をくねらせる。それを合図にグラントの手が背中を撫でながら下がっていき、最後にコットンのパンティの中に滑りこんだ。
お尻を掴まれ、背中を撓らせて浮かせると、布地越しに彼の高まりが押し付けられる。その熱さを感じたレイチェルが、思わず下着越しに彼の昂りを撫で上げると、グラントが低く唸り声を上げた。
グラントの指の動き、唇の動き、そして擦りあわされる体の動きの全てがレイチェルの興奮をかきたてる。グラントも同じように感じている様で、彼の息遣いがどんどん荒くなり、いつもは透き通るような青灰色の瞳が欲情に濃く色を増していた。

彼の手がお尻から太腿に滑るのを感じた時には、既に彼女の下着は足首まで引き下ろされていた。レイチェルは無意識に絡みついた布から片足を抜くと、もう片方の足で引っかかっていたパンティをベッドの端に蹴り飛ばした。
それを見ていたグラントがにやりとする。
「ご協力感謝するよ」

隠すものがなくなった太腿の間を彼の指が我が物顔でまさぐり、感じ易くなった突起を捕らえると同時に中に指が潜り込んでくる。長い指の先で奥の方を突かれると、レイチェルは小さく息を呑みながら身悶えした。
絶え間なく続く愛撫に、早くもレイチェルは昇りつめようとしていたが、グラントはそれを許そうとはせず、開放を求めて跳ねる彼女の身体を強引に押さえつける。
そして、今にも達しそうになると、その度にすっと体を引いてしまうのだ。それを何度となく繰り返され、今や彼女の身体は引き絞られた弓のようだった。すぐに放たれるか、さもなくば撓り折れてしまうかのどちらしかない。
このままだと、満たされない身体がばらばらになってしまいそうだった。

もっと近くに来て、私に触れて、お願い、お願い…。

焦れたレイチェルが彼の髪を掴み、自分の顔の方へ引き寄せようとするが、グラントはうまくその腕を掻い潜り、逆に彼女の両手を捕らえて動けなくしてしまう。
彼はしばらくレイチェルをベッドに貼り付けにしたまま、熱く欲望に煙った目で見下ろしていた。

初めて見る、レイチェルの艶のある表情。
それはアレックスの母親としての顔でなければ、怒りに任せて彼を罵った女戦士の顔でもない。彼の下で欲情し、男に身を委ねようとする、一人の女の艶かしい顔だった。

「ああ、グラント…」
自由を奪われた両手を振り解き、今度こそグラントの髪を捕らえたレイチェルが、彼を自分の方へと引き寄せ、腰を突き上げる仕草で煽る。
グラントの体が被さってくると同時に膝が押し広がられ、渇望していた彼自身がゆっくりと押し入ってくるのを感じた。
しばらく忘れていた、密やかな場所の奥深くまで満たされる恍惚感。
この感覚に溺れ、身を震わせたのは、一体いつ以来だろう。


マデリンの妊娠が分かってから、レイチェルは付き合っていたボーイフレンドと手を切った。妹の世話で忙しくなり、自分のために使える時間などほとんどなくなったからだ。
さほど真剣に付き合っていたわけではなかったから、それ自体にダメージは感じなかったが、以来、男性とベッドを共にする機会が完全に失われたのは確かだ。
それまでも、看護師という激務の合間のデートでは、セックスをする気力も体力も残っていないことが多く、それが彼との諍いの種になっていた。元々そんなに欲求が強い方ではないのか、ボーイフレンドと別れてセックスをしなくなっても、別段それで苦しむこともなかった。
それからは身の回りに次々と起る出来事に応対するのが精一杯で、正直なところ性欲を感じる余裕さえなかった。
ここに来て、グラントに惹かれていることに気付くまでは。

決して多くない過去の男性経験だが、それと比べても、今夜はいつもとは何かが違った。今までの経験がすべて吹き飛ぶほどの喜びを感じたのは初めてだった。
彼が欲しくてたまらなくて、早く身体を繋げてと全身で悲鳴をあげていた。
形振り構わず彼を誘った。そうしないと自分が狂いそうだった。
そしてその思いがやっと満たされた今、グラントに組み敷かれ、深く強く突き上げられながら、彼女は一気に絶頂へと昇りつめた。そしてレイチェルの艶かしい身体に締め付けられたグラントもまた、後を追うように自らを解き放ち、彼女の中に精を放ったのだった。


果てることなき欲望に身を任せ、何度も互いを求め合った二人は、明け方になってようやく眠りについた。
大きなベッドの真ん中で、グラントの肩を枕にしてベッドに横たわるレイチェルは、恍惚とした表情を浮かべ、未だ引かぬ快感の波を漂っていた。
愛する人と身体を重ねることの喜びと満足感は、疲労を上回る興奮となって彼女を包んでいる。
寝息と共に目の前で上下する逞しい胸に耳を当てて、ゆっくりとした鼓動を聞いていたレイチェルは、ふと気付いた。
グラントは、この部屋に入ってから一度も「契約」のことを持ち出さなかった。あれほど拘っていたのに、口にする素振りさえ見せなかったのだ。
レイチェルは小さく微笑んだ。

もしかしたら、彼も少しずつ彼女のことを認めてくれ始めたのかもしれない。
そんな期待に胸を膨らませながら、レイチェルは穏やかな眠りに落ちていった。




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