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復讐は甘美な罠 21


「レイチェル、本当に綺麗ですよ」
グエンはベッドに横になったまま、自分の肝いりで仕立てた真新しいドレスを着たレイチェルを、誇らしげに見つめた。
淡いクリーム色のシンプルなドレスはレイチェルの濃い金色の髪色に良く似合った。
グエンドリンから結婚祝いに、と譲られた真珠のチョーカーとピアスも身につけている。青いリボンが付いたガーターベルトはサマンサからのプレゼント、短いヴェールはグエンが嫁いできた時のものを借りた。

−Something Four−
偽りの花嫁にそんなものが必要なのだろうか。
レイチェルは仕度を整えられながら、皮肉な思いでそんなことを考えていた。


結婚を決めた当初、レイチェルは式には手持ちのスーツを着るつもりだった。色が薄ければ服など何でも構わないとさえ思っていた。
状況から見ても、本人たちだけで登記所での民事婚で充分だと思っていたからだ。
だが、周囲がそれを許さなかった。
ハミルトン家の広大な敷地内には専用の墓所や教会があり、一族の者は、本来そこで挙式するのが常だということだ。最近の唯一の例外は、勝手にラスベガスで式を挙げてしまった、グラントの前の結婚の時だけだったそうだ。
グエンは招待客を入れての盛大な式を望んでいたようだが、状況を考えて、さすがにそれは丁重に断った。そして、体調を崩し、再びベッドから起きだせなくなっていたグエンの体調を考慮して、彼女の病室に仮の祭壇が作ることにしたのだ。
教会から牧師を招き、立会いもグエンやリンとアレックス、ローランド弁護士、それにサムとマットという極限られた人たちだけにした。

簡素な式は滞りなく進み、神父が数えるほどの列席者に向かってグラント・ハミルトン夫妻を紹介すると、あっけないほど簡単に全ては終了した。



「あなたたちは、今夜は外で食事をしていらっしゃい」
式を終え、帰宅するサマンサとマットを見送ったレイチェルとグラントは、夕食の前に再びグエンの部屋に足を運んだ。
ちょうどその時、部屋では式にも参列したローランドがグエンと談笑しているところだった。ローランド弁護士の父親がグエンの夫の顧問弁護士をしていた関係で、二人はかなり親しい旧知の間柄だ。

今日は一応結婚式当日ということで、正餐をとることにしていた二人は、いつもよりもあらたまった格好に着がえていた。 特にレイチェルは、グエンが注文してウエディングドレスと共に仕立てさせた、淡いラベンダー色のイブニングドレスを着ている。
「それに、今夜はこっちに戻らなくていいから、グラントのマンションに泊まっていらっしゃいな。もう準備はさせてあるのよ」
グエンの言葉に、二人が顔を見合わせた。
「でも、アレックスもいることですし…」
レイチェルが慌てて固辞しようとする。
「一晩くらいなら、リンと屋敷の者たちで大丈夫よ」
「でも…」
「どんな結婚でも、スタートは大事なことよ。これから生涯を共にしていく心構えを二人でちゃんと話し合ってきなさい」
横でローランドも頷きながら二人を見ている。

聞いていたグラントは半ば諦めた様子でレイチェルの腕を取る。
「では、そうさせて頂きます。ミスター・ローランド、参列していただいたお礼はまた改めて。レイチェル、行こう」
彼女を引っ立てるようにして部屋から連れ出すと、グラントは、執事に車の準備を命じた。
「私、やっぱり行けないわ」
まだぐずぐずと躊躇しているレイチェルに、グラントがコートを着せ掛ける。
「あの様子だと、祖母は全部手配済みだ。抵抗しても無駄というものだ。とりあえず、食事をしてから私のマンションに行けばいい」
「でも…」
「心配しなくても、マンションにも客用寝室が3つある」
彼女の困惑を察したグラントの言葉に、レイチェルが顔を赤らめる。そんなレイチェルを見ながら、彼は意味深長な笑みを浮かべた。
「それに、確かに話し合わなくてはいけないことがありそうだ」



グエンドリンは、数ヶ月先まで予約で一杯という超有名な高級レストランを予約していた。もっとも、ハミルトンの名前を出せば、予約を割り込ませることも不可能ではないのだろう。
入口に着くと、待機していたドアマンが車のドアを開け、二人が中へと案内される。
個室になっている部屋にはセッティングされたテーブルとアペリティフを楽しめるバーがついていて、すでにスタッフが待機していた。

「すごい。こんなところに来たのは初めて」
レイチェルがグラントに囁いた。
「緊張するわ」
「気楽にしていればいい。ここだと人目を気にしなくてすむだろう」

すでに食前酒のシェリー一杯でほろ酔いになっていたレイチェルは、食事中もいつになく朗らかによく喋った。
「食事のマナーを覚えていてよかったわ。あなたのお屋敷に行った時もそう思ったの。週末ごとにちゃんとしたディナーがあるなんて、思いもよらなかったから」
通常、レイチェルとアレックスは厨房の側の、使用人たちが食事に使っている小さい部屋で一緒に夕食をとるのだが、グエンドリンの体調が良い週末は、アレックスをリンに預けて家族用のダイニングで夕食を共にした。
体が弱っているグエンが食べられるものは限られていたが、レイチェルには正式なコース料理が用意されている。初めてテーブルについた時、山型に折り畳まれたナプキンと高級な銀器やクリスタル、左右に並べられたナイフやフォーク、スプーンの数の多さにどきりとしたものだ。
彼女がこういった料理を食べたのは、学生時代にマナー教室での一度きり。その時も見様見真似で順序を追うので精一杯で、ろくに味も分からなかったものだった。

「私だって毎日こんなものを食べ続けているわけではないさ。でなければ、たちまち高血圧や肥満に悩まされるようになる」
シャンパンで最初の乾杯をすると、次からはグラントが選んだワインが注がれる。
香りのよい、飲み口がすっきりとした味に、レイチェルもついグラスを重ねる。
食事が終わる頃には、アルコールを飲みなれないレイチェルは、かなり酔いが回っていたようだった。


「そろそろ帰ろうか」
椅子を引かれ、立ち上がろうとしたレイチェルがふらりと揺れたのを、グラントの腕が素早く抱きとめる。
「あら?私、何か変かしら。ふわふわするんだけど」
グラントが呆れた顔で見ている。
「足元がふらついている。どうやら飲みすぎたようだな」
「大丈夫です、このくらいどうってことありません」
そう言いつつ彼の腕を振り払うも、側にあるテーブルや椅子の脚に引っかかりながら歩いている姿は危ないこと、この上ない。
「ほら、危ないから…」
言いかけた矢先に、レイチェルが部屋の端にある観葉植物の木の側にしゃがみこんだ。
「部屋が回っているみたい。何だか気分が悪いの」

完全に飲みすぎだな。
グラントは小さく舌打ちすると、動けなくなっているレイチェルを抱え上げた。
「悪いが、目立たないように車を裏口に回してもらえないか」
ドアに控えていたスタッフに頼む。
「自分で、歩ける、のに…」
文句を言いつつも、自分に身体を預けるレイチェルの重みと温もりを感じながら、朦朧としている妻と荷物を携えた彼は、足早に裏の出口へと向かった。




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