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復讐は甘美な罠 16


あまりのことに唖然とするレイチェルを横目に見ながら、グラントが強く否定する。
「それは絶対に無理です。私と彼女の間には共通点の一つもない。」
「ありますよ、アレックスを愛しているという共通点がね」
「しかし…」
「このままだと、アレックスはハミルトンの私生児の烙印を押され、マスコミの餌食にされかねない。父親の、ジェフリーの乱行や事故のことも世間の口に上るでしょう。
それがあの子の将来にとってどれほどマイナスになるか。グラント、あなたには分かるわね」
グエンはそう言って視線をずらすと、今度は彼の横で固まっているレイチェルに話しかけた。
「レイチェル。あなたはどんなことがあってもアレックスを手放すことはできない。あの子を何よりも愛している。そうよね」
頷くレイチェルに向かってグエンが微笑む。

「アレックスとレイチェルを引き離してはいけません。親子なのですからね。
だったらアレックスをレイチェルの息子として、母親ごとハミルトンの名の下で守るためには、あなたたちが結婚するのが一番理に適っているわ」

「いや、そこまでしなくても。もっと他に何か手立てがあるはずだ」
グラントが唸るように呟く。
「そ、そうですよ。私たちが一緒になるなんて、そんなこと…とても考えられない」

うろたえるレイチェルを、グエンが叱咤する。
「ではどうしようと言うの?あの子を連れて地の果てまで逃げる?それでもスキャンダルはついてくるものよ。ましてやアレックスが遺産を相続してしまった今となっては、どこに行ってもお金目当ての人々に追い回されるし、身の危険も多くなるわ」
「でも、そのために結婚だなんて。そんな恐ろしいこと。私にはできません」
喘ぐように否定するレイチェルに、グエンが畳み掛ける。
「それでもやるしかないでしょう。アレックスのためを思えばこそ。あなたはあの子の母親なのでしょう?」

「そんな、言ってる事が滅茶苦茶だ!」
「グラント、あなたはハミルトンの長。速やかにこの混乱を収めてアレックスを守る義務があることを忘れてはいないでしょうね」
その一言にグラントがぐっと息を呑んだのが分かった。

「これ以上良い案があるとは思えないけれど、あとは二人でよく話し合って決めることね」



その後、二人はグラントの書斎に場所を移して対峙していた。
互いに結婚については、即座に退けた。
そして、グラントは自分がアレックスを養子にする代わりに、レイチェルに養育権の一部を認めるという、彼にとってはかなり譲歩した案を出してきたが、彼女は、親権は絶対に手放さないと突っぱねた。
反対にレイチェルはすぐにでもここを引き払い、ハミルトンとは縁を切り、今後一切関らないで済む方法を考えたいとまで言い出したのだ。

「そんなことをしたら、ジェフリーの遺産も君たちの手に渡らなくなるぞ」
グラントが脅しをかける。
「ええ、結構ですわ。元から必要ないと申し上げていたはずです。そんなものを受け取ったところで、アレックスが幸せになれるとは思っていませんから」
「だが、アレックスの将来のことを考えたら、金はないよりもあった方が何かと都合が良いのは事実だ。
これはあの子が受けるべき正当な権利。もし、母親が…ミズ・マデリンが生きていたら、こういう時にどういう対応をするか。君は考えてみたことがあるのか」

もし…もしも今ここにいるのがマデリンがだったら、彼女はこの境遇に甘んじたかもしれない。
妹は、一人で子供を産み育てなければならないという重荷を背負うには、あまりにも若すぎた。
まだ二十歳にもなっていなかった彼女には、手に職がないばかりか、金銭的に頼れる親もいなかったことが、心労になっていたことは確かだろう。
側にいたはずの姉の私は生活を支えるのがやっとで、妹がそんな心配をしながら心の病に侵されていったことを感じとることができなかったのだ。
自分の不甲斐なさを思い、レイチェルは唇を噛み締めた。
「妹が生きていればこそ、の話ね。でもマデリンはもうこの世にはいない。今更そんなことを考えるだけ無駄だわ」

その日の話し合いは平行線のまま、レイチェルは自室に引き取った。


「グラント様」
軽いノックと共に執事に呼ばれた時、グラントはまだ自分の書斎にいた。
「入れ」
ドアを開け、一礼すると執事が中に入って来た。
「大奥様がお呼びです。お部屋の方においでくださいませ」
「祖母が?」
何事かと、彼はグエンの部屋に急いだ。

「入りますよ」
声をかけて中に入ると、グエンドリンは先ほどと変わらない様子でベッドに横になっていた。
「ああ、グラント。話したいことがあったの。ちょっとそこに座りなさいな」
彼に椅子を勧めると、グエンはリモコンでベッドの背を起こした。
「あなた、今他に誰か結婚を考えている人はいるの?」

またその話を蒸し返すのか?
グラントが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「いいえ。私は再婚する気はありません。彼女だけでなく、誰とも」
「でも、アレックスは手元に置いておきたいのでしょう」
「ええ、勿論。あの子はハミルトンの息子ですから」
はっきりと肯定した孫を見つめながら、グエンが満足そうに頷く。
「では、やはりレイチェルとの結婚を考えてみるべきね。あの調子では、彼女は絶対にアレックスを手放そうとはしないでしょう。母親としては当然のことだけれど」

『私たちの母親は違いましたけれどね』
グラントは心の中でそう反駁したが、口には出さなかった。

「だったらこれはチャンスですよ。レイチェルは、こんな状況にでもならない限り、アレックスにハミルトンを名乗らせることには同意しないでしょう」
「こんな状況でも彼女は同意しませんでしたよ」
グラントが苛立ちの混じった否定をする。
「だからアレックスの身の安全を盾にするのです。これからあの子には常に醜聞が付いて回るでしょうし、誘拐や脅迫の脅威にも晒されることになる。その危険をレイチェル一人では避けきれないでしょう。ハミルトンの力をもってすれば、それができる。そこを突くのです」
「もちろん、今後アレックスの安全には万全の配慮をしていくつもりです。だが、そのことと私の結婚は全く関係ないと思うのですが。
それに、もし親子でハミルトンに取り込むのならば、あなたご自身がレイチェルを養子にすればよいのではありませんか?
そうすれば、アレックスは必然的にあなたの孫にもなれる」
「私もそれは考えましたよ。でも、そうしたら、アレックスは当主の従弟という立場になってしまう。
あなたがすでに全権を握っている今の状況では、通常ならばグラント、あなたの子供が家を継ぐべきなのですからね。ジェフリーの庶子であるあの子が後継者に指名されるとなると、ただでさえ煩い親族たちが黙ってはいないでしょう」
険しい顔をするグラントを見て、グエンが溜息を漏らす。
「アレックスに跡継ぎ候補としての可能性を残しておきたいならば、ジェフリーの遺児というだけでなく、あなたの養子でもあるほうが都合が良いでしょう?遺産管理の問題もあるし。
それならば、レイチェルがアレックスをこちらに渡さないと宣言している以上、あなたが母子を一緒に引き受けるしか手はないでしょう」

そして、グエンは薄く笑いを浮かべた唇に指を当ててこう言った。
「ひとつ良い案を思いついたの。あなた、レイチェルに便宜的な契約結婚を持ちかけてごらんなさい。彼女を妻ではなく、取引のパートナーと考えればよいのです。契約上の決め事ならば、あなたのお得意でしょう?」
「契約結婚?」
「そう。最初にすべて必要な取り決めをしておくの。取引のようなものよ」
「本当にそんなことを、レイチェル…ミズ・ローガンが受け入れると思っているのですか?」
「不本意でも同意せざるを得ないように仕向けるのです。あなたは多少強引な契約をまとめることにも慣れているのではなくて?
すべてはアレックスの、延いてはハミルトンの将来のために」
グラントは厳しい表情で思考を巡らせていたが、しばらくすると仕方なくと言った風情で頷いた。
「考えてみましょう。どういった形も、お互いが妥協できるならば」


話を終えて部屋を出て行くグラントの背中を見ながら、グエンが含みのある笑みを浮かべる。
「そうね、あなたが本当にレイチェルを魅力的な女性だと思っていないのならば…ことは容易いのですけれどね…」




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