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復讐は甘美な罠 15


数日後。
レイチェルは久々に平日の休みをもらい、アレックスを連れて外出をした。
病院でアレックスにワクチンを接種し、自分の日用品の買い物と、月々の支払いができているかを確認するために銀行にも寄る予定だった。
その後でマデリンの墓所に行くつもりだったのだが…。


「ミズ・ローガン、お話をお聞かせ願えませんか」
「そのお子さんが巨額の遺産相続人になったというのは本当ですか?」
アレックスを抱いて病院を出た途端に、レイチェルは突然大勢のカメラを持った人々に囲まれた。
「その赤ちゃんはハミルトン家から認知されていないというのはどういうことですか?」

「すみません、道を開けてください」
レイチェルは腕でアレックスを庇いながら、それらを振り切ろうと通りを走り始める。
「その子の父親は亡くなったハミルトンの子息だというのは本当ですか?」
「ミズ・ローガン!お話を…」
追いかけてくる人の群れが、通りを塞ぐ勢いで彼女が進むのと同じ方向に流れていく。

一体何なの?
突然のことに困惑しながらも、レイチェルは必死で逃げていた。

と、その時だった。
「レイチェル!」
彼女の側に急停車した車のドアが開き、名前を呼ばれたかと思うと、レイチェルとアレックスは中から伸びてきた腕に車内へと引き込まれた。
「危ないところだった」
「ミ、ミスター・ハミルトン」
リムジンの中にいたのはグラントだった。

「何とか間に合ったようだな。家に連絡したら、アレックスを連れて外出していると言われたので慌てて来たところだ」
「一体何が起っているのですか?ミスター・ハミルトン」
レイチェルが当惑した様子でグラントに問いかける。
「どうやら、マスコミがどこかでアレックスのことを嗅ぎ付けたらしい。できるだけ表沙汰にならないように気をつけていたのだが…」

その時レイチェルの携帯電話が鳴り出した。
「もしもし?」
「レイチェルなの?」
相手はサムだった。何だかとても慌てているようだ。
「アパートメントの周りがすごいことになっているのよ。廊下まで人が入ってきて、今朝からあなたの部屋のドアを叩きっぱなしだったの。
さっき警察が来て強制的にみんな外に出されたんだけど、まだ入口にはマスコミ関係の人や車が張り込んでいるみたい。あなた大丈夫なの?」

話を伝えながら、訳が分からないという顔で見上げたレイチェルから、グラントが携帯をもぎ取った。
「ああ、グラント・ハミルトンだ。そちらの方にも警備のものを手配してあるが、もし何か不審なことがあれば連絡を頂きたい。連絡先は××××…」

通話を切ったグラントがレイチェルに携帯を返す。
「一体どうなっているの?」
掌に置かれた携帯を呆然と眺めながら、レイチェルが首を傾げる。
「さっき言ったとおりだ。アレックスがジェフリーの全遺産を相続したことが、どこかから洩れたようだ」

大方、ジェフリーの遺産の分け前を狙っていた親族あたりが、腹いせにマスコミにリークしたのだろうが、レイチェルには黙っていた。
今でさえ、ハミルトンに拒絶反応を示す彼女に、これ以上、身内である一族内にも脅威があることを教える必要はない。

「でも、私はまだアレックスに遺産を相続させるとは言っていないわ」
「だが法令上、そうなることは確実だ。弁護士はすでに手続きに入っている」
「そんな…勝手なことを」
敢えて言わなかったが、グラントはアレックスとの養子縁組を考えていた。
DNA鑑定の結果等、証拠が揃っているのだから、アレックスをジェフリーの息子として認知させることはできる。そうなれば、彼にハミルトンを名乗らせることも容易だ。
だが、やはり障害になるのは、先に養母となったレイチェルの存在だった。
彼女は強硬にアレックスにハミルトン姓を用いることを認めないだろう。しかし、俄かに巨額の遺産相続人になったアレックスの身の安全を、レイチェル一人の力では守りきれないのは明白だ。
それ故に、自身がアレックスに対して何だかの強い影響力を持っておく必要があるとグラントは考えたのだ。

「とりあえず、今日はこのまま屋敷まで送って行こう。ほとぼりが冷めるまで、しばらくは外出を控えた方がよいだろう」
「…仕方がありません。そうしてください」
アレックスを膝に乗せたレイチェルが、諦めたように同意する。
余程今日のことがショックだったのか、帰りの車内ではそれ以上の会話もなかった。



ハミルトンの屋敷に着いたレイチェルは、アレックスをリンに託すと、手早く着替えをしてグエンドリンの部屋に向かった。
先に行っているグラントが、今日の出来事の大まかな説明を済ませておいてくれる手はずになっている。
外に出る機会がほとんど皆無のグエンが、この騒ぎを聞きつける可能性は小さいが、新聞等で書きたてられて耳に入った場合を考えて先手を打つことにしたのだ。

こんなことでミセス・ハミルトンの体の状態に支障が出なければよいのだけれど。
レイチェルは、一番それを心配していた。


部屋に入ると、グラントがベッドの側に立って話をしている最中だった。
グエンは難しい顔でその報告に聞き入っている。
二人の申し合わせで、グエンにはアレックスの件は伝えるが、マデリンのことはもう暫く黙っていることにしていた。
これだけ根掘り葉掘りでマスコミに追い回されていれば、いつかは真相が暴かれて、グエンの知るところになるだろうが、今この時期にわざわざ教える必要はないということで意見が一致したのだ。

「あら、レイチェル。ちょうど良かったわ。今誰かに呼びに行かせようと思っていたところだったの。あなたもここにいらっしゃい」
レイチェルはグエンに招かれてベッドの側に行くと、グラントの横に立った。

「大体のところはグラントから聞きました。アレックスの将来のためにも、できれば騒ぎにはしたくなかったのだけれど。なってしまったものは、しょうがないわね」
そう言うと、グエンは意を決したように話し始めた。
「こうなったら問題を解決する方法は一つしかないわ。グラント」
いつになく厳しい口調に、グラントが表情を引き締める。

「あなた、レイチェルと結婚なさい」




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