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Chapter T

シンデレラは眠れない  4


「何よ」
「君と話がしたいんだが」
梨果は咄嗟に手を振り払おうとするが、園田は掴んだ腕を放そうとしない。
「嫌よ」
「はん?」
「いーや、い・や。NOって言ったのよ」
「人の話も聞かないで、即答か」
園田は呆れたような顔で彼女を解放すると、肩を竦める。
「聞かなくても内容は大体想像がつくもの」
「お前なぁ……」
なんでこんな、今日が初対面の男に何気に「お前」呼ばわりされないといけないわけ?
梨果はムッとした顔でじろりと彼をひと睨みすると踵を返そうとした。
「だから、聞けって」
「何を」
「話って言ってるだろうが。もしかしてお前、耳がついてないのか」
さっきまでの穏やかで丁寧な言葉はどこへ行ったんだ?と疑いたくなるような、上から目線のタメ口。

絶対コイツ、姉さんたちの前で猫被ってたな。

「耳ならちゃんとあるわよ。ただし聞きたくないことは聞こえなくなるように設定してあるの」
「ほう、便利な耳だな」
「お褒めに預かり光栄です。それじゃ」
「だから待てって」
園田は腕を掴んだまま、梨果が進もうとする方向とは反対の方に彼女を引っ張って行こうとする。
「そう急がなくても、車で送るから」
「心配ご無用。勝手に帰るから放っておいて。もういい加減、手を離してよ」
ホテルの駐車場に停めてある彼のものと思しき車の前まで来ても、更にもみ合う二人だったが、その時突然梨果のお腹が大きく鳴った。
慌てて自分のお腹を押さえて顔を赤らめる彼女に、園田が顔を背けて忍び笑いを漏らす。
「仕方ないでしょう、お昼を食べる時間もなかったんだから。あなたねぇ、そう言う時には嘘でも聞こえなかった振りをするのが大人の対応ってもんでしょう?」
そういう側から再び彼女の腹が鳴る。それを聞いた園田は遂に堪え切れなくなったのか、片手で顔を覆って肩を震わせながら笑い始めた。
「もう……」
さすがに梨果もこれ以上の恥はかきたくないのか、下を向いて黙り込む。
「悪い、ついつい。そうか腹が減ってたのか。だから余計に機嫌が悪かったんだな」
「そういうわけじゃ」
「分かった。どこか店で食べながら話そう」
そう言って助手席側のドアを開け、強引に彼女を押し込んだ園田は、自分が運転席に乗り込むとすぐに車を駐車場から出した。
「で、何が食べたい?」
「高いところは無理。あんまり手持ちがないから……」
今日は姉がご馳走してくれるという話だったので、お金はほとんど持って来ていない。平素から贅沢をしないことを心掛けている梨果の財布には、千円札が数枚入っているだけだった。
「心配しなくても、メシくらい奢る。和洋中、何がいいんだ?」
「結構です。自分の面倒は自分でみますから。あ、そこ入って」
急に指示された園田は慌ててスピードを緩めると、言われた通り、左にウインカーを上げてハンドルを切った。
「ここ?」
「ええ、ここで充分」
彼女がチョイスしたのは、赤い屋根で黄色いMのゲートがあるあのファーストフードの店だった。土曜日の午後ということもあってか、入口の遊具に小さな子供たちがひしめいているのが見える。
「本当にいいのか、ここで」
「もちろん」
梨果の返事に、彼が渋々駐車場に入ると、彼女はさっさと車から降りて入口へと向かう。そのまま注文レジに並んでいると、後ろにいた園田が話しかけてきた。
「何がいいんだ?」
「あ、お構いなく。自分の分は自分で調達しますから」
「そうか、なら俺はホットで。席を確保しておくから、一緒に買って来てくれ」
彼はそう言うと、梨果の手にお札を捻じ込み、そのまま席を探しに行ってしまった。
「一万円って。ちょっとぉ、コーヒー1杯にこんな高額紙幣、どうすんのよ」
手の中に丸められたお金を見ながら梨果は零した。彼女だって小銭が必要な時には、コンビニで缶コーヒー1本を千円札で買うこともある。だが、たかが200円ほどのものを買うのに一万円を握らせるとは、どういう考えなのかが理解できない。
「まさかファーストフード店のコーヒーの相場を知らないんじゃ……あ、すみません。えっと、このバリューセットでドリンクはコーヒーを。それからもう一つ単品でプレミアムコーヒ−を一つ」
まだぶつぶつ言いながらも自分の番になった梨果は、メニューを指しながら注文を告げていく。結局全部合わせても金額は1000円にも満たず、彼女は別々に支払うことを諦めて渋々渡されたお金でそれらを払うことにした。それでもお釣りは9000円以上。返されるお札の多さに、何だか店員に悪いような気持ちになる。
トレーを持ってあたりをきょろきょろ見回すと、店の隅、二人掛けの端の席で園田が手を上げているのが見えたので、そちらへと向かって歩く。
「はい、どうぞ」
彼の側にコーヒーがくるようにトレーの向きを変え、付いてきたミルクや砂糖を渡す。
そして自分も椅子に座るとカバンから財布を取り出した。
「それから、はいお釣り」
彼の前にきっちり9820円のお金を置いた梨果は、自分が注文したハンバーガーの蓋を開けようと手を伸ばしたが、彼の驚いた顔にその動きを止めた。
「コーヒーは180円だったわよ。それが何か?」
「いや、てっきり自分のも一緒に払ってくるものだと思っていたから」
払うには払った。だがその分は自分の財布からきっちり補てん済みだ。
「言ったでしょう?自分の食べる分は自分で払うって」
「俺が誘ったのに?」
「いいわよ、別に。どのみちどこかで昼ご飯を食べないと、とは思っていたんだし」
梨果は取り出した包みを開け、真ん中から齧り付く。あっという間にハンバーガーを食べきると、今度はゆっくりとポテトを摘まみながらコーヒーを飲み始める。その間園田はコーヒーに口をつけることもなく、目の前の彼女の食べっぷりをじっと見ていた。
それに気づいた梨果がフライドポテトの口をくるりと回し、彼の方に向ける。
「よかったらどうぞ」
勧められ、ボックスの中から1本摘まみだした彼は、それを口にしながら苦笑いを浮かべた。
「何か?」
「いや、結構豪快に食べるわりに痩せているなと思って」
梨果の身長は162センチ。体重は測っていないが、ここ数年は大体48キロ前後をキープしている。10代の頃はどちらかといえばぽっちゃりしていた体は、一人暮らしの間にどんどん肉が落ちていった。今でこそスタイルが良いと羨ましがられることも多いが、皮肉なことに彼女にとってこの体型は生活苦ゆえに手に入れられたものだ。
「それで、話って何?」
食べ終わるまでコーヒーを啜りながら待っていた彼に、そう切り出したのは梨果の方だった。
「いや、一応俺の方もなんで今日あの場に来たのか、その経緯くらい話しておこうかと思ってね」




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