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Chapter T

シンデレラは眠れない  13


元旦、都内にある一真の実家、園田家に年始のあいさつに行った梨果は、そこで初めて彼の兄弟たちに紹介された。
彼の両親とは婚姻届をだしてからすぐに一度食事をしたので面識があるが、それでも紹介されてから一週間のスピード婚では、お互いに釣り書以上の情報はないといっても過言ではない。
その上、同居する一真がほとんど出張で家に居着かないとなれば、双方を仲介してくれる人もおらず、息子の嫁ではあっても何となくお客様扱いされるのは仕方がないことだろう。
現在彼の実家には両親が暮らし、兄と姉は別に所帯をもっていて、それぞれ二人と三人の子供がいる。年始のあいさつに来ていた子供たちそれぞれに持参したお年玉を手渡すと、彼らは一様に目を輝かせて自分たちの両親の元に駈け出して行った。
「何か久しぶりよ。こんな光景を見るのは」
梨果は「ありがとう」といってぺこりとお辞儀をした甥姪たちににっこりほほ笑むと傍らにいる一真の方を見上げた。
「そうか?俺は毎年のことだから珍しくもなんともないけどな」
子供たちが消えたドアの向こうから、今度は義理の姉たちが顔をのぞかせる。
「お年賀だけでなく、子供たちにまで。すみません、ありがとうございます」
「何だか気を使わせちゃったわね」
長男の妻と彼の実姉が揃って礼を言うと、梨果は慌てて首を振った。
「いえ、そんな。たいしたことでは……」
「でもやっぱり奥さんをもらうと違うわね。あなたがこんなものを準備してくることなんてなかったもの」
一真の姉の智香子が、彼を見ながらふふんと鼻を鳴らした。見れば彼女の手には、子供から預かったポチ袋がある。
梨果が選んだ、スヌーピーの形をしたかわいい袋だ。
「今までは色気も何にもなくって、大概お札を裸で『ほれ』って渡していたじゃない?これは大した進歩だわ」
言われた一真は苦笑いを浮かべながら梨果の背に腕を回した。
「そりゃ悪かったな。ウチのはデキた女房なんだよ」
「もう、そんなことないって」
お尻のあたりに留まっている彼の手を叩き落とした梨果が顔を赤らめた。
「お前らいい加減こっちに入ってこいよ。いつまでそんなところで立ち話をするつもりだ?」
奥から男性の声が聞こえる。多分一真の兄か姉の夫だろう。
「そうそう、入って入って。すぐにお酒の用意をするから」

姉たちに促されて二人が入ったリビングには、すでに彼の父親たちが座っていた。テーブルの上にはおせちやオードブルが並び、姉たちはキッチンとリビングを往復しながら料理を整えている。
「あけましておめでとうございます」
まだ会うのは二度目の彼の父親に挨拶した梨果は、視線を泳がせて母親の方を探す。
「ああ、オフクロなら台所だよ」
それを聞いた彼女は慌てて腰を浮かせた。自分だけがこんな風に座っていていいものではないだろう。
「あの、私もお手伝いを」
「あ、もう準備はできているから、梨果さんは座ってて。もうすぐ母さんもこっちに来るから」
智香子にそう言われ、何となく手伝いを言い出しそびれた梨果は、きまり悪そうに再び一真の隣に腰をおろす。
「あら、梨果さん、あけましておめでとう」
「あ、お義母さん、あけましておめでとうございます」
「さすがに今年は一真も遅刻せずに来たのね。去年は夕方遅くにちょっと顔を見せてご飯も食べずに帰ってしまったけど。やっぱり妻の存在はすごいわね」
驚いて隣を見ると一真がばつが悪そうな顔をしてした。
「年末ぎりぎりまで仕事で疲れてたんだよ」
そう言って言い逃れようとする彼に姉がにやりと笑った。
「そりゃ今年は、新妻を披露しなくっちゃね。あなた、梨果さんを見せびらかしたくて仕方がないんでしょう?」
「……」
ムッとした顔でお酒を呷る一真の横で、身の置き所がない梨果も顔を赤くする。そんな彼女に、彼の父親が助け舟を出した。
「ほらほら、梨果さんが困っているだろう。母さん、早くビールを持って来てくれないかね」


それからはご馳走を囲んで和やかな雰囲気でお酒を頂いた。
随分と酒を飲んでいた一真を見た両親たちに泊まっていくように言われたが、二人はそれを固辞して深夜に実家を後にする。
もちろん帰りのハンドルは、ほとんどアルコールを飲んでいなかった梨果が握った。
「賑やかなご家族ね」
運転で前を見据えながら、彼女が微笑んだ。
「煩いだろう?俺が毎年帰るのを躊躇するのが分かるだろう」
「ええ?そうは思わなかったけど」
確かに昔は桐島の家でも正月は皆が顔を揃えた。ただ、こんな風に和気あいあいとした和やかさなく、どちらかといえばしきたりだから、といった具合の、形式的な挨拶の場といった感じだったのだ。
子供たちも交えての宴席は、明るくて騒々しく、そして楽しい。彼女にとってそれは羨ましい家族の肖像だ。
「梨果」
「ん?何」
「本当に行かなくていいのか、お前の実家の方には」
一真が探る様な目でこちらを見ているのを感じた彼女はふっと唇を歪めた。
「必要ないわ。私はあの家から勘当されているようなものだから」
縁を切ったのは彼女の方か父親の方か。
人によって言い分はまちまちだが、それでも親子が修復しがたい断絶状態にあることは間違いない。
「だから姉さんと杏が遊びに来るって言ったでしょう」
頑として実家に寄りつこうとしない梨果に会うために、三が日が過ぎた後に姉妹が彼のマンションを訪ねてくることになっていることは一真も承知している。
だが、彼女の母親の方は以前から娘との関係修復を願っている、と叔母から聞かされている彼は、本当にこのままで良いのか判断に迷うところだった。
「いいから、もうウチの方は放っておいて」
はっきりと梨果にそう言い切られた一真は曖昧に頷く。何となく釈然としないものはあったものの、こんな夜中の車の中で、実家の話になると急に神経質になる彼女をあまり刺激しない方がよいと感じたからだった。



そして正月三が日を過ぎてすぐの五日、梨果の姉と妹がマンションを訪ねて来た。
二人とも今までここに来たことはなく、妹の杏に至っては姉の夫である一真に会うことすら初めてだった。
梨果と一緒に二人を迎えた一真は、一目で姉妹と妻の性格の差を見極めた。
淑やかな姉の柚季と大人しくて儚げな妹の杏。だが、その真ん中にいるはずの梨果は彼女たちとはまったく違う、激しさを持ち合わせている。
以前叔母が『梨果ちゃんって、見た目は母親の美咲さんそっくりなのに、性格は父親の継春さんに一番似てると思うわ』と言っていたのを思い出す。
彼が一度だけ会ったことのある彼女の母親はどちらかというと柚季のようなタイプに思えた。控えめで従順な、深窓のご令嬢がそのまま年を重ねたといった風情の女性だ。
ということは、やはりこの鋭利な辛辣さは父親譲りってことだな。
一真は妻の父親にはまだ一度も会ったことがないが、親子が反目する前は娘たちの中では梨果の才覚を一番買っていたと聞いている。その父娘の間でいかにして修復不可能なまでの確執が生じたのか。それを彼に教えてくれる者はいなかったし、実際のところ誰もその本当の理由を知らないのだという。

「ね、どうかしら、一真さん?」
柚季に話を振られて、はっと我に返った一真は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「すみません。ぼーっとしていて話を聞いていませんでした」
見れば隣に座る梨果が嫌そうな、それでいて困ったような顔をしていた。
「あなたたちって役所に届を出しただけで写真も撮っていないじゃない?だから、ぜひ結婚式と披露宴をしてほしいと思っているのよ。今、私がお世話になっている式場で」




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