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 迷いの森 

 第三章   崩壊の時  4 



深夜1時を回った頃、部屋の鍵が外れ、ドアノブを回す気配がした。
そして、静かにドアが開き、中の様子を確認もしないまま、慣れた所作で人影が室内へと滑りこんでくる。

「やはり、こういうことだったのね」

眠っているはずの紗耶がベッドに座ったままで、ドアから入って来た人物を見つめていた。
人影が驚いたように、一瞬その場に立ち止まる。
「気がついていたのか?」
「確信はなかったけれど、何かがおかしいことは感じていたの」


週末、いつも昼までは変わりなく過ごせている。だが、夕方から夜にかけて、時間を追う毎にどんどん記憶が曖昧になり、気がつけば翌日の朝はおろか昼になっても目が覚めないことがある。
常日頃、自分に薬を服用する習慣がないことを考えると、真っ先に疑われるのは口に入れる食べ物だった。
だから今夜、夕食は何も口にしなかった。食後の果物やお茶にも手をつけていない。そして寝る前に飲むことにしている、房枝がいれてくれるハーブティーも、気付かれないようにそのまま洗面所に流した。
その後、いつものようにベッドに入り、寝た振りをしながら、何が起こるのかを待っていたのだ。

「これは一体どういうことなのか、ちゃんと説明してくださる?」
慇懃な言葉遣いの裏で、彼女が静かに怒りを募らせているのが分かる。
深夜、女の部屋に忍んでくる男が意図するところは、初心な彼女であっても推測できないとは思えない。それに、ここで適当に誤魔化したところで、いずれは正面から向き合わなくてはならない話だ。
曲りなりにも、自分たちは夫婦なのだ。この問題は今だけでなく、これから先も避けては通れない道だった。

「君にとっては不本意だったのかもしれないが…」
そう前置きすると、圭市は紗耶の隣に腰をかけた。彼女が自分に触れないように、微妙に身体をずらしたのに気付いて苦笑する。
「好むと好まざるとに関らず、私たちは夫婦になった。普通の男女に比べて不自然な結婚だったことは分かっているが、それでもこうなった以上、普通に家庭を作りたいと思うし、立場上当然のように周囲から子供を期待される」
「周囲から期待?」
紗耶が揶揄するように言葉尻を取る。
「お父さん…私の父からの命令の間違いではないの?」
「それは…」
言いよどむ圭市に、紗耶が畳み掛ける。
「でも、仕方がないわね。だってあなたは何でも父の…あの人の言いなりなんだから。でも、あなたがしたことは、私には認められない行為だわ」
彼女は不快感を湛えた目で彼を見据えた。
「何か変だとは感じていた。ここに来ても、何もしないで帰るなんて不思議に思っていたの。あなたに限ってそんなことは有り得ないって分かっていたから。
でも、私に子供を産ませるために…父の機嫌を取るためにここまでするなんて、信じられない。それともまさか、これもあの人の差し金なの?」
「それは違う。これは君の父親とはまったく関係ない」
「ではあなたの姑息な思い付きかしら。小うるさい女に一服盛って、無抵抗のうちにさっさと事を済ませてしまおうとでも考えていたのでしょう?
でもまぁ、もしこれで本当に私が妊娠していたら、父の覚えはさぞかし良くなったことでしょうね。
あの人は結果が全ての人だから、手段なんて気にもしない。
だから私を怪しい薬で昏倒させたことも、無理やりに犯したことも、結果次第ですべてちゃらにする。そんなところでしょう?
……最低だわ、あの人も、あなたも。
こんなことまでする権利が、一体あなたたちのどこにあるの?」

圭市は、皺の寄った眉間を擦った。
彼女のことを考えてしたことが、どうしてこうも裏目に出てしまうのか。
自分を守るためとはいえ、彼に対して常にとげとげしい態度を崩さない紗耶は取り付く島もない。
これから先、どれだけ譲歩すれば、彼女は充分だと思うのだろうか。
いや、どれだけ尽くしても、満足することはないのかもしれない。それが彼女自身の意志でない限りは。

その時圭市自身、どうすれば彼女の心を開くことができるかが分からず、苛立っていたのは確かだった。
だからこそ、心にもないことを口にしてしまったのだ。

「ではどう説明すれば君は納得した?それとも何も言わずに毎回毎回、苦痛を訴えて泣き叫ぶ君を押さえつけて、力ずくで犯した方がよかったとでも言うのか?」
「そ、そんなことは…」
答えに詰まった紗耶に、今度は圭市が詰め寄る。
「確かにそんな心配をする必要はなかったようだな。君がそう言うならご期待にお応えしよう。早速今夜からね」


一瞬視界が遮られ、気がつけば、彼女は仰向けに押し倒されていた。
圭市は、呆然とした彼女の上から圧し掛かると、長い手足で紗耶をベッドに張り付ける。紗耶は必死で彼の体の下から逃れようともがいたが、四肢の自由を奪われた状態では大した抵抗もできない。

また乱暴される。

恐怖から、咄嗟に悲鳴を上げようとした口を唇で塞がれてしまい、漏れ出す声はくぐもった呻きに変えられてしまう。
その間にも、圭市の手は彼女の胸を弄り、背中、腰といったあたりにピンポイントで触れてきて、自分でも知らないような弱い場所を容赦なく攻めたてた。
「いやっ」
抵抗も虚しく、下着の中に滑りこんだ彼の手が秘裂をなぞると、紗耶の背中は無意識のうちに弓なりに撓った。知らぬ間に、少しずつ圭市に慣らされてきた身体は、刺激に抗おうとする彼女の意思とは裏腹に、彼から与えられる悦びを貪欲に求める。
紗耶は呼吸の乱れを知られまいと息を詰めるが、秘所の潤みまでは隠すことができない。それどころか勝手に緩み始めた身体は、自ら進んで強引な彼の指に蹂躙されるに任せていた。

暫くすると、圭市が彼女の膝を立て、腰を割り込ませてきた。
戸惑いと強い羞恥で朦朧とした意識の中でも、紗耶は初夜に与えられた激しい痛みを思い出して、本能的に身体を強張らせた。
「大丈夫だ。もっと身体を楽にして」
怯える彼女を宥めるように低い声で囁きながら、圭市がゆっくりと腰を沈めてくる。異物の侵入に慣れない身体が逃げようとするが、彼の腕にしっかりと押さえつけられていてはそれも叶わない。
それでも力が入ったままの固い身体は侵入を拒もうとしたが、圭市が半ば強引に体重をかけて圧し掛かかった瞬間、思いの他あっさりと抵抗を諦めて、彼の猛りをすべて受け入れた。

暫くの間、身体が衝撃に馴染むまで、圭市は彼女の奥深くに留まったまま動きを抑えていた。彼にとっては忍耐力を試されることだったが、どうしても先に紗耶の反応を確かめたかったのだ。
意識がない状態とはいえ彼女の身体を少しずつ慣らしてきたことで、最初の時よりは楽になっているはずだという確信はある。それでもまだ幾らかは痛みが残っているかもしれないと思うと、迂闊には動けなかった。
勢いであんな風に言ってしまったが、本当は初夜の時の、苦痛に耐えて啜り泣く彼女の声が彼の耳にずっとこびりついて離れなかった。
もうこれ以上、紗耶に苦痛を味合わせたくはない。

「まだ痛むか?」
彼女は目を閉じたまま首を小さく横に振った。
不思議なほどに痛みはなかった。それどころか、何度となく記憶がないままに抱かれた感触を覚えているのか、身体の奥深くが次にやって来る快感を待ち望んでいるのを感じるのだ。
拒みたい気持ちとは裏腹の、快楽を求める欲望。
それらが艶事の経験に乏しい紗耶の気持ちをかき乱し、混乱させていた。


彼女の答えを行為の肯定と受け取った圭市は、ゆっくりと腰を煽り始める。
今夜のそれは、いつものように自分を追い上げるためだけではなく、紗耶を愛し、慈しむためでもあった。
改めて見る妻の姿態。まだ硬さの残る乳房や大きく窪む鎖骨、平らな腹部と突き出した腰骨。大きく開かせた太腿でさえも丸みは乏しく、成熟しきらない青さが残っているのが分かる。
男に与えられるには、早すぎる身体だった。
それでも圭市は、彼女の中に自分を打ち付けながら、柔らかな肌に自分の痕跡を刻み続けた。
抗いながらも力に屈し、自分の妻とならざるを得なかった女性に、できる限り精一杯の労りを込めて。




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