加津沙と私の関係は、自分でも説明するのは難しいものがある。 だから多分、他人から見ると余計に分かりづらいし理解し難いだろう。 私は彼女の生まれ変わりだが、彼女そのものではない。考え方も、感じ方も、それに伴う行動も、すべてが東聖子…もとい、瀧澤聖子という、今を生きる一人の女…私自身のものだ。 一つの身体に二つの人格。 この状況を自覚してからすぐに、私は多重人格について調べてみた。実際にそういう症例を見たことがあるわけではなかったが、何となくイメージとしてこの言葉が頭に浮かんだからだ。 だが、やはり自分はこれには当てはまらないと感じた。なぜなら、加津沙の存在は、私から派生したものではなく、むしろ私の方が核である彼女から枝分かれしたという立場にあると思えたからだ。 加津沙は…言うなれば私の中に住むもう一人の自分だ。しかし、彼女は私とはまったく別の感情や意思を持ちながらそこに存在していた。 彼女が姿を現したのは、私がこの村に来てから暫くの間の本当に短い期間だけだった。その間も住み分けをしていた、とでも表現すべきか、余程の事がない限りは、互いのテリトリーを侵食したことはほとんどなく、むしろ彼女は呪術が必要なときなど、私の手に負えないようなシーンでも最低限しか出てこなかった。 経験上、加津沙が表に出た時には、彼女自身の力だけでなく、自分では制御できない私の能力までもフルに引き出して使いこなすことも可能なようだった。 私が有しているのは、他人に触れることで、その人の意思を読み取ってしまう厄介な力。時としてそれが齎す混乱は、破壊的な方向に向かって行くもので、かなり危険なものだという自覚はかなり以前から持っていた。だから極力他人とは接することをしなかったし、止むを得ない場合は用心深くシールドを張り、予防線を引くことが習い性になっていた。 しかし、加津沙には、元々そのような力は備わっていなかったらしい。 彼女が持っていたのは、自分以外の能力者の力を集め、それを束ねて大きなエネルギーに変える力であり、嘗てはそれを使って村の平和と秩序を維持していたのだという。 加津沙によって、能力を使うことで生じる反作用的な爆発力を他に転化する方法を教えられたお陰で、私は突発的な事態に遭遇しても自分の暴走を抑える術を学んだ。 私に不安定さがなくなったことで。彼女は自分が施術する際に私の力を極限まで使いきることに躊躇しなくなったようだった。 自分を信じ、他人を恐れず生きて行くこと。 それは、ここに来てから彼女存在を知り、今まで確信が持てなかったもう一人の自分との間に相互の信頼関係が構築されたからできるようになったことだ。幼い頃から私が抱いていた漠然とした不安や苛立ちは、自分に課せられた使命を知ることで、やっと向かうべき方向を見いだせたのだと素直に思えた。 すべてが終わり状況が落ち着いた後に、土砂に埋没した地下の書類庫と書庫の改修作業が行われた。 そこで私は瀧澤家の所有する門外不出の古文書に接する機会に恵まれた。 そのほとんどすべてが毛筆で書かれた草書や漢文で、嗜みのない私には到底読むことができなかったが、明治以降に解説のつけられたものが幾つかあり、それについては辛うじて、断片的にではあるが理解することができた。 風守の巫女は、その多くが生涯独身を貫いたらしい。 中にはまれにだが伴侶を迎え、夫婦になったものもいたと伝えられてはいるけれど、大概はその後の能力の低下で巫女の座を追われていたようだ。 また、その子供に関しては大方の場合、母親以上の使い手になることはほとんどなく、仮に一定以上の能力を持っていたとしても、他にそれより秀でた者がいれば、巫女にはなれなかった。 厳しいようだが、能力至上主義。 つまり、巫女は血筋が重要視される、いわゆる世襲というものではなかったのだ。 その選定は、巫女がこの世を去るか、もしくは何だかの事情によって力を維持できなくなった時、村の中で最も卓越した能力を持つ者が次の巫女として指名される。 これが、時として村を分ける覇権争いに発展し、後に加津沙と常葉の争いを引き起こす要因となり、果ては常葉の出奔、瀧澤の侵攻へとつながったともいえるのかもしれない。 加津沙は風守の巫女姫。 誰とも番うことなく一生を終えるはずだった彼女は、運命の悪戯で喬久という侵略者に目合わされた。 瀧澤側から見た文献に残された彼女の姿は、あくまでも「降服の証」、いわゆる戦利品として差し出された哀れな女ように映る。 だが、それは違うと感じた。 少なくとも一人の女としての加津沙は喬久という男性を愛し、また彼にも愛されていたのだ。あの時代を生きた女性として、決して不幸なだけの人生ではなかったと私は思いたい。 「巫女の呪い」と呼ばれ、長年瀧澤を苦しめた呪縛が解かれ、先祖の御霊たちは浄化された。 それ以来、加津沙が姿を現すことはなくなったが、彼女は今でも間違いなく私の中には存在している。 加津沙は、私の寿命が尽きる時、一緒に自分の転生も終わる。そしてもう二度と生まれ変わることはない、と夫に告げたそうだ。 この地に戻り大願を成就させ、その上に役目を終えた彼女と語り合うことは、もう二度とないのかもしれない。 ただ、私が今世で和久という伴侶を得たように、彼女にもまた、あの世で待つ男性がいる。今までのように、次にこの世に出る機会をひたすら待つだけというような、虚しい時間を過ごす必要はない。 蒼焔の巫女は伝説から解き放たれ、今ようやく静かに眠ることを許された。 彼女の永遠の眠りは、私の死と共に始まる。 だからこそ、私はその時がくるまで内なる彼女を守りながら、しっかりと人生を全うしなければならないと強く心に誓った。 加津沙もどこかでそれを望んでくれていると、私は固く信じている。 HOME |